土砂降りの雨の後、風邪を引いた。
咳は出るし、喉も痛いし、熱も出た。辛かったし、仕事がある瀬名にも移さないよう気をつかった。
結構辛かったからもうあんな真似はしないと決めた。
瀬名にはちゃんと「ごめんなさい」と謝った。雨の中来てくれたことも、心配かけたことも予想できなかった。
だって赤の他人にそこまでするか?と思うだろう普通。でも瀬名は俺のことを家族と言ってくれた。
だから、俺は瀬名がいい人間に思えた。
少しだけ、人との関わりが悪いものじゃないと思えた。
風邪も治って回復した今はいつも通り、瀬名から与えられた仕事をこなす。
と言っても、簡単なものだけど。
家事全般なんて誰でもできる。唯一料理は瀬名もしたいらしいから、瀬名が作ることもある。
たまにこうして2人でキッチンに立つこともある。
瀬名に野菜を切るように言われて、言われたとおりカットする。
「はい、切った。」
「ん、じゃあこれとこれ鍋に入れて。」
「入れた。」
「ん、弱火で10分。こらぁ、つまみ食いしない。」
むに、と鼻を摘まれた。
バレたか。瀬名が作ったおかずを1口食べたら怒られた。
「朝ごはん食べたら出るから。今日は帰り遅くなるから夜は俺の分はいいからねぇ。」
「わかった。」
今日は瀬名遅いのか。それなら、ご飯は何にしようかな。俺は生卵とご飯だけでも全然余裕だけど。
卵かけご飯にするかな。考え込んで黙りこくってたら瀬名が俺を見た。
「…何で遅いのか聞かないのぉ?」
別に深く聞く必要はないと思うけど。聞いたほうがいいんだろうか。
「…なんで遅いの?」
「Knightsのメンバーと飲むから。」
「ふーん…」
瀬名の仕事は知ってるし、テレビでもよく見る。駅で見かけたのもKnightsのリーダーだというのもこの間知った。
「寂しい?」
「…別に。寂しくない。」
俺よりKnightsのメンバーと過ごした時間のほうがはるかに多いだろうし、そんな仲間たちと楽しい時間を過ごすのに俺が寂しがる理由がない。
「なにそれぇ、可愛くなぁい!」
瀬名はムッとしている。
「可愛さを求められても困る。」
「猫らしくにゃーって鳴いてみたら。」
まるで猫とじゃれる様に瀬名の手が俺の喉をくすぐった。
「ふっ、や、くすぐったい、」
くすぐったくて自然と口角が上がる。
「そうそう、なまえは笑ってればいいのぉ。」
そんな俺を見て瀬名はやわらかく目元を緩めた。たまに見せる瀬名のそんな顔は嫌いじゃない。
いつもは口も悪いけど優しいと感じるのはよくある。
「そろそろいいかな。」
瀬名が鍋の蓋を取る。鍋から美味しそうな匂いがしてきた。
瀬名が綺麗に盛り付けて二人で手を合わせて、いただきます、とした。
これも俺が1人になってから何年とやっていないことだった。
まだ人と一緒にいただきますをするのが気恥しいけどすごくほっこりするのも事実だ。
食べ終わって、玄関で瀬名を見送る。
「じゃ、行ってくるねぇ。いい子にしておくこと。」
「…猫じゃない。何もしない。」
「はいはぁい。」
ぐりぐりと頭を撫でられる。瀬名はどうも俺を猫扱いしてくる。実際拾われた身であるからあまり否定はできないけど。
「…いってらっしゃい。」
「ん、いってきます。」
瀬名が出ていったあと、扉がガチャンと閉まった。
温かいリビングに戻ってソファに座る。
美味しくて温かいもの食べれて、3食付き住み込みでなおかつお金ももらえるなんてこんな生活いいんだろうかといつも思う。
でも瀬名は何も言わない。やめろとも、もう終わりだ、とも言わない。こんな生活いつまでも続くわけないのは分かってるけど、いつやめることが来てもいいように瀬名からもらったお金はちゃんと貯めている。
まあ、今捨てられたらまたどぶ生活に戻るだけだ。
今だけは現実逃避して夢を見させてもらっても許されるかな。
陽気な音楽が流れる番組をBGMに眠りについた。
それから一眠りしたあとは家の掃除や食材の買い出しに行った。
あっという間に夜がきて、やっぱり俺は卵かけご飯だけ食べた。
時計の針はもうすぐ日付を超えようとしている。
別に待ってろなんて言われてないけど 遅いなあ、と時計を見ていると玄関のチャイムがなった。
瀬名なら鍵を持っているから入れるし、こんな時間に誰だろうとそろそろと玄関に向かって覗き穴から外を見た。
人が5人いた。その中には瀬名がいて誰かの肩に寄りかかっていた。周りの4人は…テレビで見たことがある人だった。
とりあえず鍵を開けて扉を少し開いた。
開かれた扉に反応した4人は一斉に俺の方を見た。
「あれ…?ねぇ、ここセッちゃんちであってるよねぇ?」
「そうねぇ…間違いないと思うけど…。」
「おおっ!セナの家か?!んん!入りたい!」
「ちょっと!Leader!本人の意識がないのに勝手に入るのはいけませんよ!」
少しだけ開けていた扉をグイッと開いていつの日か駅で見かけたオレンジ頭の人が入ろうとしてきた。
それを止めるのは確か1番年下のメンバーだった。
「あ、あの…」
瀬名は大丈夫なのかと、言いたかったが上手く話せず瀬名を見ることしかできない。
見たところ眠っているのか綺麗に目を閉じている。
「あ〜、セッちゃんなら寝てるだけだから。何か隠し事してるから飲ませちゃった♪」
そう言って悪い顔をしているのも様になっている。
「もう、凛月ちゃんは手段がいつも手荒いのよ」
「だってさぁ、いきなりセッちゃんが猫猫言い出すし、あのセッちゃんがデレデレしてるなんて気になるじゃん?こうやって猫グッズも買ってきたわけだしさぁ」
「いきなり猫グッズを買いに行く凛月先輩にはびっくりしましたよ…」
「で、この家には猫いるの?」
赤い眼が俺を見てきた。さすがアイドルグループとだけあってここにいる4人が4人、全員顔が整っていてなんだか肩身が狭い。
そんな人にじっと見られたら、なんだか話しづらくて目を逸らしながら答えた。
「…猫…?ここにはいません、けど…。」
「…ふうん。じゃあ、あんた誰ぇ?」
少し強い物言いにビクリとした。他の3人も気になるようで俺を見ている。
確かに友達であり仲間の家で知らない人が出てきたら、誰なんだとなるのは当たり前かもしれない。
居候です、なんて言えない。
「瀬名、…さんに雇われてる、ハウスキーパー、です…」
この人達の前で瀬名を呼び捨てにするのは良くないかもしれないので咄嗟にさんを付けた。
「あ…瀬名…さん預かります…」
手を伸ばして瀬名を受け取ろうとしたけど、瀬名より低い俺を見てか、瀬名を支えている背の高い人が「アタシがベッドまで連れていくわよ」 と言った。
それじゃあ、と瀬名の寝室に案内した。瀬名はベッドですうすうと寝ている。
オレンジ頭の人と一番年下の子がそんな瀬名を囲んで何か話している。
「ねえ、その服セッちゃんのじゃない?」
ふと指をさされたのは俺がきている服だった。
「…貰いました」
「へぇ…。」
瀬名からもらったスウェット。グレーで肌触りが良くて少し大きいけど温かい。
「…あー何かわかったかも。ねえナッちゃん。この間セッちゃん服をあげたとか何とか言ってたよねぇ」
「そういえば言ってたわねぇ。飼ってる猫ちゃんにあげたとかで…あの泉ちゃんがにやけてたからびっくりしたわよぉ!」
「ふふふ、面白いことが分かっちゃったぁ♪猫用じゃなくて人間用の服だったってわけだ…♪」
後半あたりはぼそぼそ言っていて聞き取れなかったが、赤い目の人にガシッと肩を組まれて至近距離から「名前は?」と聞かれた。
「…なまえ…。」
「ふふ、また来るねぇ。じゃ、セッちゃん届けたから帰ろーっと」
わらわらと4人が玄関へ向かって歩き出した。
ベッドにいる瀬名を気にかけながら、見送るために俺も玄関に行く。
「じゃあまたね〜」
「お邪魔しました、ほらLeaderも行きましょう!」
「ううーん、もう俺も足がフラフラ〜!にゃはは、じゃあなまえまったな〜★」
いきなり俺の名前を呼ばれてびっくりした。あの人には言ってないのに。さっきのが聞こえてたんだろうか。
オレンジ頭の人はぐいぐいと引っ張られて行く。
「じゃあ泉ちゃんをよろしくね。」
背の高くて、話し方が少し女の人っぽい人が一番しっかりしてそうだ。俺はこくりと頷いた。
「じゃ、またねぇ、あ、そうだ。」
赤い目の人はいきなり俺のスウェットのポケットに手を突っ込んできた。
太ももに自分ではない人の手が当たって少し変な感覚がする。
「はい、これお土産♪じゃあね〜」
皆去っていってまた静かな空気が戻ってきた。
さっきまで現実離れしていた空気からだんだんと覚めてきてハッとしてポケットの中身を見た。
「ボール?」
布みたいな丸いボールがポケットに入れられていた。
猫用のおもちゃっぽい。なぜ瀬名の家に猫がいる話になっていたのかは知らないけどとりあえずボールをリビングの机の上に置いて、瀬名の寝室にそっと入った。
瀬名のベッドのそばに座って瀬名を見る。
お酒のせいか少し血色が良い頬と長いまつげに縁取られた目元。
目を閉じられていてもキリッとした目が想像できる。
その場に体育座りをして瀬名を見続けた。
さっき来た4人を思い出す。
彼らが瀬名を学生の時から知っている、瀬名の仕事仲間であり友達であり…あとなんだろう。
とにかく仲が良いのは見て取れてわかった。セッちゃんか…。
「セッちゃん…」
笑える。俺が呼ぶと違和感しかない。
別に瀬名の友達になりたいわけじゃない。そんな立場じゃないこと分かってる。俺は雇われの身だし、拾われて助けてもらってる身だ…。
朝は寂しくない、なんて言ったけど今は瀬名との間に途方に長い距離があるような気がして少し心細くて、寂しい。
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