瀬名side
「吾輩は猫である。主人に愛想を尽かして外の世界に飛び込めば優しい人間に拾われたのである……♪」
ライブに向けてKnights専用のレッスンスタジオで汗を流しながら練習している途中の休憩時間。
ペットボトルの水を1口、口に含んで流れる汗をタオルで拭いた時、くまくんが横に来てそう言った。
一瞬でこいつが何を言っているのか理解できた。
なまえのことだ。
「……くまくん…」
自分でも驚くくらい低い声が出た。目をつりあげて相手を見るとケロッとした顔で鼻で笑うくまくん。
「俺は何もしてないよぉ?」
ただ、道端で丸まってた猫を拾って帰っただけだからねぇ♪なんて言うくまくんにイライラのボルテージは簡単に上がった。
だいたい、何で帰ってこないわけ?
出ていったけどすぐに帰ってくると思ったら全然帰ってこないし。また家出?それならネカフェの方がまだ納得できるけど、なんでよりによってくまくんなわけ??
ほんと、意味分かんない。全てがちょ〜ウザい。
「セッちゃん顔が怖い〜」
ギンッと睨みつけると大抵の人間は怯むのに、くまくんは全く効果ないのかふんふんと鼻歌を歌っている。
「あ〜、イライラする…」
帰ってこないなまえ。それを匿うくまくん。
ほんとイライラする。はぁ?って言いたい気分だ。
何でまた他のやつのとこにいるわけ?俺はそれで怒ってんのにほんと分かってないのかなぁ…。
イライライライラ。室内の空気が張り詰めたようにピリピリしているのがわかった。
舌打ちしそうになったけど自分事で空気を壊してもそれは大人として失格なのは自覚している。
イライラを抑え込んでタオルを定位置に置いた。
「何があったのか知らないけどさぁ、連絡取ればいいじゃん。」
何があったのか知らない顔じゃないだろ、その顔は!とツッコミたくなったけど一瞥してため息を吐いた。
「くまくんには関係ないじゃん。」
「そう?なまえが泣いてたからさぁ。」
「……っ」
泣いていた。それを聞いて今まで見てきたなまえの泣き顔を思い出した。
なまえを泣かせてしまったんだ…。
少しだけ罪悪感が生まれた。
でもその罪悪感よりも今はなまえを責める気持ちの方が強かった…。
「…だから何?俺たちの問題に外野が口出しすんなって話なんだけどぉ」
突っぱねるようにくまくんの目を見て言ってやった。
「…はぁ相変わらずセッちゃんは口が悪いねぇ」
「…ふん、言われなくても分かってるし」
口が悪い。くまくんの言葉は合っている。それを俺も分かっている。口が悪いなんて今に始まったことじゃない。
だからこそ、多分俺が今なまえに連絡を取って話したらきっと、俺のなまえを責めるこの気持ちが言葉になって相手にぶつけてしまう。
口の悪い俺のことだから、きっとなまえが傷つくことを言ってしまうかもしれない。それが怖い。修復できないところまで行きたくはない。
ただ、こうなったのは何でなのか、ってちゃんと2人で話をして元に戻りたいだけなのに…。
だからなまえに電話をすることを避けていた。何度も発信ボタンを押そうとしたけど制御できなくなる不安に駆られて結局電話をしなかった。
…早く帰ってくればいいのに…。でもなまえは本当に帰ってくるだろうか…。
なまえの『いずみなんか嫌い』という言葉を思い出して心臓がつきつき痛くなった。
いずみって呼んでくれたのに、嫌いだなんて言われて正直面食らった。
嫌い、なんて言われたことなかったのに…。思い出すだけで暗くなるほどにはダメージは負っていた。
「……はぁ、休憩終わるし、戻ろ。」
ぽつりと呟いて、皆が固まっているところに向かえばくまくんも付いてきた。
切り替えて、今は仕事のことだけ考えなきゃいけない。
この時間だけは集中してれば自分のことも忘れられるから。
「セナ〜!リッツ、おそいぞ〜」
「王さまに言われたくないんだけどぉ。くまくんは言われる筋合いありありだけどねぇ」
「セッちゃん、俺はやる時はやる子だからね〜甘く見ないでよねぇ♪」
「泉ちゃん、何かあったの?」
「瀬名先輩が休憩終わっても帰ってこないなんて…troubleかと心配しました」
「別にぃ?何でもなぁい。」
何でもないと言う俺はいつもの顔で上手く言えてただろうか。
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