ハピバSS
今日も1日疲れたな、なんて毎日思うことも例に漏れず今日も心の中で呟く帰路の途中。
いつもなら仕事が終わったら適当にご飯でも買って家に帰ったら即行PC起動してゲームにログインして…、ご飯食べながらゲームして…という生活を送っていたのに今は少し違う。
帰る家も違うし、住んでいるのは俺一人じゃない。
薫くんがいる。一緒に暮らし始めてしばらくたつけどまだ慣れてはいない。だってあの人気アイドルの薫くんとこんなぽちゃくてダサい平凡以下の男が一緒に住んでるわけだ。未だに毎朝薫くんが隣にいるとドキドキしている。
電車の中でガタゴトと揺られながらスマホをぼーっと眺めた。
タイムラインをチェックするためにアプリを立ち上げて朝から読めていない呟きや情報をスクロールして見ていく。
フォロー人数0の俺のROM専アカウント。そのフォローの中には薫くんもいる。
あ、なんか呟いてるなと気づいて写真付の薫くんのツイートを見た。
《まさかのドッキリ誕生日パーティ!!アドニスくんからの誕プレ、年々お肉の量が増えてるんだけど!笑 嬉しいなーみんな、ありがとう♪》
クラッカーや大きなバースデーケーキ、それから画面いっぱいに薫くんを中心として人気アイドルたちが写った写真が一緒にアップされていた。
「………えっ…」
えっ……。
もしかして…今日…薫くんの…誕生日……?
そういえば今日は11月3日…、薫くんの誕生日だ…。
スマホを持ったまま俺は固まった。
やばい…忘れてた。
今から誕生日プレゼント買おうなんて、何をプレゼントしていいかも思いつかない。
薫くんの誕生日にプレゼントを上げるのなんて小学生以来だ。さすがに一緒に住んでいるわけだし…一応付き合ってる…し、プレゼントしたほうがいいよなぁ…。
どうしようかと悩み始めたところで最寄りの駅に着いてしまった。
仕方なく電車を降りて改札を出る。
…プレゼントなんて何を渡したらいいかわからない…。
…ケーキなら誕生日らしいし許されるだろうか。
あ、でもさっき大きなケーキがアップされた写真に載っていた。
ケーキばっかりうんざりするかな…。
駅を出たところで立ち尽くしたままうんうんと考えてみたけど、俺の頭じゃ誕生日=ケーキしか出なかった。
友達もいなかった俺は仲のいい人と誕生日プレゼントを渡し合うなんてこともなかったし薫くんが喜ぶようなものも思いつかない。
…仕方ない、か。量を少なめで小さいケーキを買って帰ろう。この近くにケーキ屋さんってあったっけ…。
調べて近くに小さなケーキ屋があることが分かった。仕事終わりの疲れたダサ男がケーキ買いに行くなんて気持ち悪がられるだろうか…なんて心配したけど何も無いよりはマシだろう。
暗い夜道を歩いてケーキ屋を目指せば、オシャレな雰囲気の建物はすぐに見つかった。
店の中に入るといらっしゃいませと声が掛かる。美味しそうなケーキがショーウィンドウの中にたくさん並んでいて最近のケーキってすごいなと思った。祝う友達もいなければ祝われることもない俺はケーキを久しく食べてないからケーキ事情についていけてない。
じっとケーキを眺めていると店員から「あのう…」と話しかけられた。
「っは、はい」
「お決まりでしょうか」
眉を潜めた若い女の子の店員はじっと見る俺を不審に思ったのかもしれない。これが薫くんほどのイケメンだったら全然違うんだと思う…。
「…、この…チョコレートケーキと…ショートケーキと、レアチーズケーキを1つ…」
「以上でよろしいですか?」
「はい…」
ケーキの箱に3つ、詰めていく店員の手元を見ながら薫くんはケーキだけで喜んでくれるだろうか、と少し不安になった。
そう言えば薫くんの誕生日忘れてたから、今朝も朝起きた時、お誕生日おめでとうなんて1言も言ってない…。
うわぁ、忘れたのバレてるかな…。どんどん不安のどん底に落ちている時店員の準備が終わったらしくお金を支払ってケーキを受け取った。
店の外を出ると風がピュッと吹いて何もつけていない首筋が冷えた。
寒いな…。早く帰ってお風呂に入りたくなる。
帰り道を急ぐように少し早歩きで家に向かった。
「…ただいま」
玄関の鍵を開けて入ると薫くんの靴があった。先に帰ってきているらしい。ケーキの袋を片手にリビングに行く。
「おかえり〜」
ソファに座って携帯を見ていた薫くんは俺に気づくとすっ、と立ち上がった。薫くんは背が高いから立ち上がると迫力がある。俺はなぜか少しだけドキッとしていそいそとキッチンに回って冷蔵庫にケーキの袋を入れ込んだ。
「た、だいま。」
薫くんの顔を見るといつもより機嫌が良さそうで誕生日パーティがあったからかもしれない。俺はどのタイミングで誕生日おめでとうを言おうかとそこで初めて考えた。
「何冷蔵庫にいれたの?」
「え、…食べ物」
「……ふうん。まぁ着替えてきなよ」
「う、うん」
薫くんに言われてとりあえず楽な格好になろうと自分の部屋に言って部屋着に着替えた。この部屋着も薫くんのチョイスだ。薫くんが選ぶものはセンスが良いし、着心地がよくてこういうところはやっぱりすごいなと思う。
着替え終わってリビングに戻ってくると薫くんが机の上に俺が買ってきたケーキの箱を置いて椅子に座っていた。
「あ…」
「ケーキ?」
何で勝手に開けてるんだと思ったけど薫くんのことなのでいつものことだ…。俺がお風呂に入ってる時も勝手に開けてくるしベッドで寝ている時も勝手にベッドの中に入ってきたりする。俺に対してマイウェイすぎる。
「それは…その、薫くんの誕生日で…」
バレてしまったからには言うしかない。
「わ〜、俺のため?」
「うん…その誕生日おめでとう…。プレゼントとかなくてごめん…。何がいいかわからなくて…。ケーキも…いろんな人からお祝いされてもう食べ飽きたかもしれないから…ちょっとだけ…で。」
「いいよ、ホールケーキとかだと俺も食べきれないし、これくらいがちょうどいい。」
少なめのケーキで間違ってなかったんだな、と薫くんの言葉にホッ、と安心すると、薫くんは俺が買ってきたケーキをじっと見て指さした。
「ねぇ、このケーキになまえの愛は詰まってる?」
「……え……?」
何を言い出すんだと口がぽかん、と開いた。
「なまえの愛、詰まってる?」
つ、詰まってるって聞かれても…。かりに詰まっていたとしても詰まってますなんてとてもじゃないけど恥ずかしくて言えない。
「俺が生まれてきたことが嬉しくて、俺と出会えたことが嬉しくて、そんな俺と一緒に暮らしてるのが嬉しくて、本当に誕生日おめでとうっていう愛、詰まってる?」
「………」
ねぇ?と椅子に座ったまま俺を見上げる薫くんと机のそばに立って押し黙る俺。これは…詰まってると言えってことか…?
詰まってないの…?と少し悲しそうな顔をする薫くんに、うう…薫くんの誕生日だし…と俺は「つ、詰まってます…」と答えた。
これで満足したかなと薫くんを見るとにやりと笑って予想もしないことを言った。
「俺の誕生日忘れてたのに?」
バ、バレてる…。朝、何も言わずいつも通り仕事に行ったからその時点で薫くんは気づいたのかもしれない…。
こうなればもう謝るしかない。
「……ご、ごめん」
「俺はなまえの誕生日忘れたことなんかないのにさ」
うう、薫くんの言葉がチクチク痛い。
「…ごめん…」
「……だめ、許さない。」
えっ…。許さないなんて言葉に驚いて薫くんを見ると楽しそうに笑っていた。
「今日って俺の誕生日でしょ?お祝いしてくれるなら俺の言うこと聞いてよ。」
「な、なに。」
「はい、」
薫くんが椅子を引いて座ったまま俺に腕を広げてきた。
何をしろ、と言うんだ薫くんは…。
「……か、薫くん意味が」
「ほら、俺に跨って自分からキスして、」
「…っはぁっ?!」
突然な要求に俺は素っ頓狂な声を上げた。無理、無理無理そんなの出来るわけない。そんなことをやっていいのはスタイルよくて顔がよくてそういうことをしても許される人間だけであって俺が薫くんの上に跨る…?潰れちゃうよ薫くん…!
「無理…。薫くん…それは無理だよ…。」
手を前に、首を降って拒否をすると薫くんは頬を膨らませた。
「無理とか無理。俺の誕生日じゃん。してよ。」
「…む、むりむり。そういうのは、ほんと、俺がやったらビジュアル的に、っていうか…いや、むりむり。薫くん潰れちゃう」
「潰れないし。早く、してよ。」
無理って言ってるじゃないですか薫くん!
「は、や、く、」
俺を見上げながら待つ薫くんに俺は後ずさりしかけたけど続いた薫くんの言葉にうっ、と踏みとどまった。
「俺は誕生日忘れられて悲しかったのに…。朝起きてもなんにも言わないなまえに忘れられてるんだって気づいて悲しくて…」
「そ、それはごめん…って…」
「だから、早く、してよ。跨って、キス、してよ。なまえから。」
出た…頑固モードの薫くん…。YESと言ったらYES。そんな薫くんは言うことを聞かないと拗ねてしまう。せっかくの誕生日にそれは避けたい。
でも…でも…跨ってキスとか、そんな…。人生でそんなことするとは思わなかったシチュエーションに俺の頭は悩みに悩んだ。
「うーん…うーん…」
「まだ?あと数時間で俺の誕生日終わっちゃうじゃん」
うーん…と悩んで悩んで結果…
「……後悔しても知らないよ…。薫くんがそうしてって言ったんだからね…。ビジュアル的に重さ的に後悔しても…幻滅しても…「しないって♪だから、早く♪」……はぁ…」
じり、と薫くんに近づいて肩に手を置いた。
いや、ビジュアル的に無理といったけど俺の方が無理。薫くんのこの綺麗な顔に俺の顔を自ら近づける?無理だ。
肩に手を置いたままフリーズしていると薫くんの手が腰に回ってきてぐい、と引き寄せられた。
強い力に抗えず薫くんの上に跨って乗せられる形になってしまった。
「はい、キス。」
がっちり腰をホールドされて逃げられない。端正な顔がすぐ目の前で目を閉じて待っている。
……、覚悟を決めるしかない。
俺目を閉じて息を止めた。一瞬だけ、一瞬だけと目を閉じたまま近づいて唇に柔らかい感触が伝わるのを感じた。
すぐにパッと離して目をそろりと開けると薫くんが俺をガン見していた。ニヤニヤ笑っている。
「…っ、これでいい…っ?」
「だめ。プレゼントないんでしょ?ならリボンをなまえにつけて、俺がプレゼントですって言って。俺を薫くんのものにしてくださいって♪」
はぁぁぁっ?!要求がどんどんレベル上がってるんですけど薫くん…!
それは無理、と思ったと同時にプレゼントです、って言っても…もう俺は…
「プレゼントって…、もう俺は薫くんのものじゃないの……」
いつもなまえは俺のもの、俺のものって言うんだからこんなときだけそんな表現ずるいじゃないかと言う意味を込めて言うと薫くんはきょとんとした顔からだんだん頬を赤くして下を向いた。
「はぁーー、なまえ今何言ったかわかる?」
「え…?」
少し前の俺の言葉を思い出してみる。
もう俺は薫くんのものじゃないの…………。
あっ…
「〜〜〜〜っそういう意味じゃなくて、っ」
「そうだよね、俺のものだもんね、俺の誕生日だし何してもいいよね、」
「はっ?いや、えっ、ちょっとどこに」
「ベッド。」
即答する薫くんに連れられて寝室のベッドに押し倒された。
「ケーキもなまえもいただきます♪」
完全に火がついた薫くんはもう誰にも止められない。
着火した自分を悔やんだけど、薫くんが頬を少し赤くしながら嬉しそうな顔をしていたのを思い出して、俺は今日だけは…と降ってきた薫くんのキスを受け入れた。
←
back