05
あれからしばらく経ったけれど、一向に朔間先輩の機嫌は良くなっていない。

いや、誰にでも態度が悪いというわけじゃなくて俺にだけだ。
俺以外にはいつも通りに接しているが、何故か俺だけ徹底的に無視されている。

あまりに徹底的すぎて、さすがの俺も参ってきている…

『なあ、凛月。朔間先輩ってなんかあったの?』
「あ〜?それ俺が聞きたいんだけど。兄者最近機嫌悪いのなまえのせい?」
『あ、やっぱ分かる?いや、俺のせいじゃないぞ?多分。』
「まあ、別に俺に被害はないけどねえ」
『最近めちゃくちゃガン無視されてるんだけどさ…、別に俺は何かした覚えないし…』
「…何となく理由は分かるけど。」
『は?!まじか。教えてよ、何が原因?』
「さあね。それはなまえが分かんないと意味ないんじゃない。あー、ねむ。俺寝るから、じゃ。」
『はああ?え、凛月、』

それ以上問い詰めても凛月が口を割ることはなく寝てしまったため、どうしようもないから俺も諦めた。

この問題が解決されないまま迎えてしまった今日は軽音部の活動の日だ。

正直言って行く気が全く起きない。どうせ朔間先輩にはガン無視されるんだろうし行ってもやりにくいだけだ。

今日は帰ろうかな。そう思って教室を出たはずなのに俺はなぜ部室に向かっているんだろうか。

ああ、そうだ今日は行かないと言ったら大神から部室に行けと言われたんだった。
ああ見えて真面目だからなあ大神は。根がいいやつだから大神に言われると俺は逆らえない。

まあ、ひなたとゆうたはいるだろうから朔間先輩と2人になることもないだろう。

部室に入れば案の定、ひなたとゆうたがいた。

『お、2人だけ?』

「やっほ〜なまえ先輩。うん、俺たち2人だけ!」

『朔間先輩は?』

「さっき転校生さんと話してどっか行っちゃいましたよ〜?」

『ふーん…そうか…』

今部室には朔間先輩はいない、と。

『やっぱ今のうちに帰ろうかな…』

「えー?何でですか?」

『朔間先輩最近俺にひどいんだよなあ…ガン無視だぞガン無視。ひどすぎるだろ…』

「喧嘩でもしたんですか?」

『いや、してない…はず。何が原因か分からないんだよ。』

「うーん、あっ、こういう時は驚かしてそういう気まずいのを吹き飛ばしちゃうのがいいと思います!」

楽しそうに言ったひなたとそれに同意するゆうたにこいつらはまた何を企んでいるのかと訝しむ。

「ちょうど朔間先輩がいないことですし、棺桶の中に入って開けた瞬間 わっ! と出て驚かすってのはどうですか?」

「いいね、兄貴!面白そう!」

『待て待て、お前らが面白くても俺は確実にあの世送りにされるだろ!』

「大丈夫ですよ〜!朔間先輩はそんなに怒らないですよ!なまえ先輩なら尚更!」

『反対だろ…誰よりも怒られる気がする…』

「ほら早く早く!戻ってくる前に棺桶の中に入ってください!」

葵兄弟に背中を押されて急かされる。本当にするのか…?と思いながらも、こんなことで朔間先輩の機嫌が元に戻るなら一か八かでやってみようと思う自分もいた。

『棺桶の中って土足厳禁だよな…』

上履きを脱いで、いつも朔間先輩が横たわるように俺も上向きに寝転んだ。

「うわあ…これは絶対びっくりするね。ね、ゆうたくん」

「うん、これは絶対面白そう!」

『どうか朔間先輩が怒りませんように…。』

「ふふっ、じゃあなまえ先輩はそこにいてくださいね!」

「朔間先輩呼んでこよう!」

棺桶の蓋を閉められて、ひなたとゆうたが出ていく音が聞こえた。棺桶の中は仄かに朔間先輩の匂いがして、少しくすぐったかった。

先輩はいつもこんな閉鎖空間の中で寝ていて怖くないのか…。この蓋が開かなかったらどうしようとかたわいもないことを考えていたが、葵兄弟は全然帰ってこない。

棺桶の中に入ってもう随分とたったような気がするがいつになったら帰ってくるのか。

暗い空間にいることで眠くなったのか欠伸が出た。少しだけなら寝ても大丈夫かな。音がすれば、すぐ起きればいいだろうと思いながら俺は意識を手放した。



***


小学校の帰り道だった気がする。

「なまえ、何してんだよ。」

『零くん!あのね、今この花集めてるんだ。綺麗でしょ。』

「はあ?女子かよ。いいから帰るぞ。」

ぐいっと、腕を引っ張られて無理やり立たせられたせいで摘んだ花が手から離れて地面に散らばった。

『あ…、』

「なまえが鈍臭いからだぞ」

『…っ、』

足元に散らばる赤い花を見て、視界がぼやけた。

「あー、うぜえ!泣くなよ!」

『…っ!だって…零くんみたいに綺麗な花だったから…欲しかったんだもん…』

「っ…、ばか。お前の方が… チッ、行くぞ!」

零くんは何か言いかけたが、俺の手を取って、ぐんぐん歩いていく。
後ろから見る零くんの背中は大きくて、繋いだ手は熱かった。


***

ずいぶんと懐かしい夢を見た。
零くんと手を繋いで歩いているところで、ふと目が覚めた。

薄く目が開き、視界に夢の中で見た顔が入る。
寝起きでかすんでぼやけた視界では誰だか分からない。

『…零…くん?』

深く考えず、口からこぼれた言葉が自分の耳に入ってきた。

ん?零くん…?

だんだんとクリアになる視界と共に全て理解した。

『〜〜っ!!さ、朔間先輩?!』

棺桶の中で寝ている俺を見下ろす朔間先輩を見て、焦って起き上がる。

『す、すみません…って暗!え、もう夜?』

寝ぼけて零くんと呼んだこととか、周りが暗くてすでに夜になっていることとか、全てが俺を焦らせる。

「ずいぶんと気持ちよさそうに寝ておったようじゃのう。零くん、とは我輩の夢でも見たか?」

棺桶の中で体を起こした俺と同じ目線で屈んでいる朔間先輩は少し得意そうな表情で俺を見ている。話しかけてきた朔間先輩は少し機嫌が良さそうだ。

『み、見るわけないじゃないですか…。』

朔間先輩の言う事を肯定するのはなんだか癪に障る気がして、嘘をついた。

「…嘘つきは嫌いじゃよ。」

さっきまでの機嫌の良さはどこに行ったのか、俺の頬を本気で抓ってくるあたりいつも通り…なのか。

『いだだだ!いだい!見ました!見ましたよ!』

「最初からそう言えばいいものを。」

『うう…痛い…』

じんじんする頬を撫でながら、目で訴えるも全く気にしてない様子だ。

これが朔間先輩の通常運転だと思うといつもの関係に戻れたのかもしれない。
いや、まあ、これが通常運転だと困るんだが。

「それにしても、夢の中にまで我輩が出てくるとは…。ううむ、我輩ってば愛されてるのう。」

あれだけ散々人を無視しておいて何を言い出すかと思えば…。

『はい?人のこと散々無視するような先輩を好きなんて、そんなわけな、んっ!』

呆れた俺はすぐさま反対しようと口を開いたが、朔間先輩の唇によって言い終わることはなかった。

少し唇を甘噛みされるように啄まれ、離れた時には俺の息は上がっていた。

「何か言ったかのう?はあ、年よりは耳が遠くて困るぞい。」

『っ、いきなり…何するんですか…!』

「何ってキスじゃけど。」

『だから…!っ』

問い詰めようと口を開くも、これ以上何か言ったら容赦ないというような目に怯んで言葉が出なくなる。

『無視したり、何なんですか本当…』

「…我輩に相手にされなくて寂しかったのかえ?」

『そりゃ、人に無視されたら寂しいでしょう…』

「なまえが悪いんじゃよ。触れられてだらしなく頬を緩ませて…」

『お、俺…?』

「まあ、よい。今宵は我輩が愛されていると分かったからのう。許してやろう。さて、夜も更けた。我輩が送ってやろう」

『え…いや、いいです。大丈夫ですよ』

「…なまえは何回言っても分からぬようじゃのう。」

スクッと立ってため息をつきながら、腕組みをする朔間先輩に何が言いたいのか分からず首を傾げる。

「なまえは我輩のもの。我輩の言う事は全てYESで答えること。分かっておるじゃろう?」

腕を組んで俺を見下ろす朔間先輩は、窓から差し込む月明かりに照らされて暗い室内にまるで浮かび上がっているようだ。

赤い瞳が2つ、俺を見下ろしている。

その目に見られると俺が「YES」しか言えなくなるのはどうしてなんだろうか。

『…はい。』

ずっと昔、幼い頃から言われてきたお前は俺のもの。俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの。

絶対王政の朔間先輩にずっとYESと答えてきた。今更NOなんて言えるわけがない。

目の前に差し出された手を握ると温かくて、懐かしかった。

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