04
『やばい、まじでやばい!』
全力で廊下を走っている俺は今かなり焦っている。
こんなところを椚先生or蓮巳先輩に見られたら一生の終わりかもしれないがそれよりも怖いものが待っているから走らざるを得ない。
タイムリミットから大幅に時間が過ぎているのは全て守沢先輩のせいだ。
購買で守沢先輩に絡まれて、逃げるに逃げれず必死で会話を終わらせようとするのに守沢先輩には通じなくて、結局瀬名先輩が間に入ってくれて助かった。
瀬名先輩が来てくれなかったらずっとあのままだっただろう。考えただけで恐ろしい。
数秒でも早くカツサンドを暴君に届けるために疾走していると、廊下の先に見えた姿に胃が痛くなった。
こちらに向かって歩いてくるのは朔間先輩で俺を見かけると腕組みをして立ち止まった。
うわあ、朔間先輩わざわざ部室から出て歩いてきてたってことは、相当怒ってるんじゃ…。
うう…ますます胃が痛い。
『…っ、すみません…!お待たせしましたっ、ちょっと守沢先輩と話してたら…っ』
「おせーんだよ。待たせやがって。」
やばい、これはやばい。めちゃくちゃ機嫌悪いじゃねえか、おい。口調が、素が出てますよ朔間先輩…。
俺を見下ろす2つの赤い瞳が突き刺さるように痛い。
そりゃ相当遅くなった俺が悪いだろうけど、それなら最初から自分で買いに行けばいいのに…。
だが今の朔間先輩にそんなこと言ったら絶対何かされるだろうから、口が裂けても言えない。
『す、すんません…。』
「もういい。今日は食堂で食べるぞ。」
『えっ…?はあ、じゃあカツサンドは俺が食べますね…。じゃあ、俺は教室に行くんで』
「あ?お前も行くに決まってんだろ?」
『え?ええ?』
カツサンドを手にした俺は襟を掴まれ、ライオンが獲物を引きずるように食堂へと連れていかれた。
***
食堂に着くと結構な賑わいで空いている席も少ない。
どこに座るんだろうと朔間先輩の横で突っ立っていると後ろから声をかけられて振り向けば、転校生がいた。
『おお、転校生も食堂?人多いよな〜』
こくこくと頷く転校生はそれよりも、朔間先輩を食堂で見かけるのが珍しいのか驚いていた。
「なんじゃ嬢ちゃんも食堂かえ?今日はパスタがおすすめじゃぞい。我輩のおすすめに間違いはないからのう♪」
おいおいおい、待て待て。さっきまでの威圧感はどこにいった。
転校生の前になるとコロッと変わりやがって…。
何でこうも俺にだけ当たりが強いのか…。ため息をつきかけるが、このままじゃ拉致があかない。
『あー、朔間先輩は席とっててください。俺は頼んでくるんで。』
「早く頼むぞ?なまえくん」
『う…分かってます。』
いや、やっぱ怒ってるわ、これ。早くしないとまた機嫌を損ねることになりそうだ。
急いでカウンターで頼んで二人分のトレーを持って朔間先輩のいる机に向かった。
途中、ぶつかりそうになって落としかけたときは息が止まりそうだったけど。
トレーを机の上に置き朔間先輩の向かいに座ると、朔間先輩は待ちくたびれたようですぐに食べ始めた。
『いただきます。』
手を合わせて好物のハンバーグを口に頬張る。
やっぱここの食堂は美味い。美味しい美味しい、と味わいながら食べていると「やあ。」と綺麗な声が上から聞こえてきて顔をあげた。
「なまえくんも食堂?」
『…!!天祥院先輩も食堂ですか?』
「うん、もう食べ終わったから出るところだけどね」
天祥院先輩は俺が尊敬している先輩の1人でもある。理由は先輩の実力がただただ純粋にすごいから、だ。パフォーマンスを見ているとそれだけで引き込まれる。
俺はそんな先輩をかっこいいと思っているし、忙しいのにたまに一緒に練習してくれたりと俺にとっては優しくてすごくいい先輩だ。
「見かけたから、言っておきたかったことがあって。この間なまえくんのライブを見たよ。ダンスがまた良くなってたね。見てて楽しかったよ。」
そんなことを完全な皇帝スマイルで言われるとたまったもんじゃない。
『…っ!!ほ、本当ですか!?う、嬉しいです…!』
「ふふ、頑張ってね。まだまだ伸び盛りだからね。」
『あ、ありがとうございます!!』
天祥院先輩から褒められると思ってなかった俺は、もう嬉しすぎて多分顔もすごく真っ赤だろうし、それより心臓が跳ね上がっていてうるさい。
ただ褒められただけだけど、人に褒められて嬉しくないなんでことはない。にまにま と頬を緩めていると「なまえくん、ソースがついてるよ」なんて言って、俺の口の端についたソースを拭ってくれた。
なんてことだ。すごく恥ずかしい。
かああっとますます顔が熱くなる。う、とか あ、とか発せない口もどうにかしたい。
お礼をしどろもどろに言えば、天祥院先輩は「何だか物騒な視線が突き刺さるから、またねなまえくん」と言って食堂を出ていった。物騒な視線ってなんだろうか。理解はできなかったがぼーっとその後ろ姿を見送って、そこではじめて朔間先輩がいたことを思い出した。
ハッとした時はすでに遅い。今の俺の恥ずかしすぎる醜態を朔間先輩の目の前で繰り広げていた、ということだ。
恥ずかしすぎる。それでも嬉しすぎて誰かにこの嬉しさを共有したい気持ちが勝った。
『どうしましょう朔間先輩…。天祥院先輩に褒められましたよ…!嬉しすぎる…!ダンスも上手くなったって…!やばい…かなり嬉しすぎてもう寝れそうにない…てか嬉しすぎてハンバーグの味分かんねえ…』
もうどうしよう、嬉しい嬉しい嬉しいぞ…ともぐもぐしていると目の前の朔間先輩は全く何も発しない。
『あれ?朔間先輩?どうしましたー?お腹痛い?』
俺は無駄にテンションが高いが仕方ない。嬉しいことがあったんだから。
『朔間先輩〜?…はあ、どうしたんで「うるせーよ、話しかけんな。」
…え?えええ?
おいおい、俺の聞き間違い?
朔間先輩の口からすごく低い声でとんでもないものが聞こえた気が…。しかも、俺をチラッと見た時のあの目…。
相当怖いんですけど…。俺何か悪いことしたんだろうか。何でそんなに機嫌が悪いんだ。
いきなり不機嫌になるものだから何が理由か分らない。当たられる俺の身にもなってほしい。
『いや意味分かんないし…。俺、何もしてないんですけど…』
俺も少し苛立って、ボソリと呟いた。
朔間先輩の食べる手がピタッと止まったのを見て、言いすぎたか、と後悔したけど言ってしまったものは仕方ない。また何か言われるんだろうかと内心ビクつきながら待つ。
が、朔間先輩は何も言わずにそのまま食べていた手を止めてトレーを持って席を立ってしまった。
席を立つ時に、無言でものすごく睨まれたのが怖すぎて一瞬ときが止まったかと思った。
相当機嫌悪くないか?怒ってるのか?
いやいや、待ってくれ。何でそうなる?虫の居所が悪かったとしても、なんでこのタイミング?
俺は頭の中でぐるぐる考えても、全く分からなかった。とにかく朔間先輩が怖すぎてそれどころじゃない。
『…な、何なんだ…。』
一人食堂に取り残された俺は為す術もなく、少し冷めてしまったハンバーグを食べるしかなかった。
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