06
メールを送信したあとは、ひどい後悔に襲われた。
すぐに取り消したかったけど送ってしまったものはどうにもならない。
俺の馬鹿。一時(いっとき)の感情で動くなんてどうかしてる。
どうしよう、相手には気持ち悪がられたかもしれない。送ったままの画面を呆然と見て焦る。
変に高ぶっていた気持ちは一気に急降下して頭を抱える始末だ。
こういう時は忘れるに限る。
すぐにメールフォルダを選んで【全メールを削除する】を押した。
今まで来ていたメールも全部全部削除した。「削除しました」の文字を見た時少し心に穴が空いたような気がしたのは気のせいだ。
別にメールに思い入れがあるわけじゃないし、消えたってどうもならない。だって俺は送り主だって知らないんだし、そもそも全く関係なかったんだ。
最初から、何もない。
生ぬるくなったホットドリンクを飲み干してベンチをたった。帰って寝て、忘れよう。
公園の出口に向かおうと視線を移したら、人影のようなものが見えて肩がピクリと震えた。
今日はそんなに明るくない。いきなり人影を見ると驚きもするだろう、と自分に言い聞かせて意識せずに目を逸らしながら歩いた。
出口に近づくにつれて、それは人だとわかった。
出口の近くに立っているんだから見ていなくても視界に入ってきて嫌でも分かる。
高めの身長で真っ黒な格好。こんな時間に何してんだこの人。とか思ったけどまあ俺もそう思われてるかもしれない。
早く通り過ぎて公園から出よう。足早に横切ろうとした時だった。
「満月もよいが三日月もまた別の美しさがある。そう思わぬかや?みょうじクン」
澄んだ空気の中で聞こえてきた声に足が止まった。
聞き覚えのある声に振り向けば、見覚えのある顔があった。
「月は巡り合わせるとはよく言ったものじゃ。」
「何で…、ここに…」
「満月の日以来じゃのう。」
「…っ」
まさかコイツがここにいるとは予想していなかった。確かに前に会ったけど遭遇率が高すぎるだろ。
それと同時に前のことを鮮明に思い出して血の気が引いていく思いがした。まさか、暴言吐いた俺のことが憎くて、俺を探していたとか…?
身の危険を感じる。コイツのことは無視してこの場を離れよう。もう二度と会わなければいい話だ。
「おっと、少し話でもどうかのう」
逃げ出そうとした俺に勘づいたのかしっかりと俺の腕を握ってきていた。
人から触れられるのなんて久しぶりで体が強ばった。
「離せよ!」
「まあまあ、メールする仲なのにつれないのう。」
「はあ?何言ってんだよ。」
「ここ2週間メールが来たじゃろう?」
「っ、何でお前がそれ知ってんだよ…」
「あれ我輩。」
「…はっ?」
「文を打つのはまだ慣れてないから写真だけでもと思ってのう。」
「…嘘だ。」
「本当じゃよ。」
そう言うと朔間零は携帯を操作した。と同時に俺のポケットに入っていた携帯が震えた。
「今送ったぞえ」
腕は未だに掴まれたままなので片手でポケットに手を突っ込んで携帯を見た。本文に「さくまれい」と平仮名五文字のメールがきていた。
まさかあのメールの送り主が朔間零だなんて思ってもみなかった。俺が2週間親近感さえ持って見ていたあの写真もコイツが撮ったというのか。
親近感を持った自分の呪い殺したくなった。こいつは1人なんかじゃないし人が欲しいもの全部持ってるやつだ。中身はクズだけど。そんな奴に親近感なんて俺は阿呆だ。最悪だ。
「…何なんだよ。何で俺のアドレス知ってんだよ…!」
「ん〜企業秘密じゃ。」
「…何の目的だ。この前の仕返しか?」
「くっくっく、ああ、だから震えてるのか。」
朔間零は肩を揺らして笑った。少し震える腕を揺らされて、俺が仕返しされるかもしれないと怯えているのがバレてしまった。
癪に触って腕を引っ張るが、見た目とは裏腹に力が強くて朔間零の手は腕を掴んだままだった。
「俺は…謝らない。…俺は悪くない。悪くない…」
相手に言っているのに自分に言い聞かせるみたいに繰り返す。
「別に謝ってほしいわけじゃない。我輩は今宵みょうじクンを誘いにきたのじゃよ。」
「誘い…?」
「我輩が送った写真があったじゃろう?あれは全部学院で撮った写真じゃ。」
「…それがどうした。俺とは関係ない。」
写真に写っていた花も動物も食べ物も風景も全部学院で撮ったものらしいがそれが俺と何の関係があるんだ。俺とは関係ないし、俺は早くこの場から立ち去りたい。早く家に帰ってこんなこと忘れたい。
あのメールの送り主がこの朔間零だったというのも俺にとっては最悪なことなのだ。
関わりたくないやつと何でこんなことになってるのか分からない。
「行きたくならんか?」
「…は?」
「外に出たくないか?」
「何言ってんだよ。」
「夢ノ咲学院に戻りたくないか?不登校のみょうじクン」
「っ!」
「不登校」の言葉に頭に血が登った。というよりは顔に血液が集まってきたかのような感覚にとらわれた。何でコイツが俺のことを知っているのか。不登校なんて話してないし、そもそも俺が夢ノ咲の生徒だということも話してない。名前だって言った覚えもない。
「…黙れ!お前に関係ない!いい加減、離せよ!」
掴んできている手をもう片方の手で外そうとするが朔間零は涼しげな顔で俺を見ている。
「我輩はみょうじクンに来て欲しいと思っているんじゃよ。」
「行くわけないだろ。ふざけんな。」
「今の夢ノ咲学院は腐敗しておる。でもこれから変わっていくんじゃよ。それを見たくはないか?一人一人がもがいて、汗かいて、輝いて大きな力となって変わっていく。その一人になってほしい。」
「…何言ってんのかさっぱりだし、まず俺には関係ない。はっ、綺麗事かよ。」
「みょうじクンもこのままで良いとは思ってないはずじゃ。自分でも分かっておるじゃろう?このままこもって外の世界と絶って、この先ずっと一人でいていいのか。外に出ないといけないのは自分が1番よく分かっておろう。」
朔間零の言葉が肩にのしかかってきたかのように重かった。痛い程、言葉が刺さってくる。このままでいいわけない。なんて思っても行動できるわけがない。
その勇気も気力も全部削ぎ落としてなくして、ゼロにしてしまったのは目の前にいるお前なんだから。
いや……俺なのか。
本当はわかってる。どこかで原因はコイツじゃなくて俺なのかもと思ってる自分もいる。じゃあ俺が悪いのか?俺が全部全部悪いのか?
これを考え出すと心も体も重くなってしまうくらいに俺にとっては地雷だ。黒く光がなくなった俺の目を見て朔間零はまた言った。
「その足枷を外せるのは自分だけじゃよ。」
ひどく無責任な言葉だった。