08

あれから家に帰ってすぐに布団に潜り込んだ。

身を抱えるようにして横になって、起きたこと全てを忘れるかのように無理やり目を閉じて眠りについた。


目覚めて一番に昨日のことは嘘だったのかと思いたかったけど、メールの受信を知らせるお知らせが携帯に入っていて現実だと思い知らされた。

メールの本文には【明日 8時 アイドル科校舎入口】と書かれていた。

頭が痛い。

「ぅぅぅ…ふざけんな…」
爆発しそうな癇癪を抑えたが、抑えきれず喉が唸った。
寝癖だらけの頭を枕に擦り付けてお願いだから嘘であって欲しいと願って、また目を閉じた。


1日はあっという間に過ぎる。
すぐに言われていた日の朝が来た。奇跡的に朝6時に起きれたのは多分寝付けなかったからだろう。

そりゃそうだ。何度も頭の中で考えてた。本当に行かないといけないのか。ただからかわれているだけじゃないのか。
そもそも俺は行けるのか。起きれるのか。行かないとどうなるのか。

答えは出なかった。

のそりと起き上がって壁にかかっている制服を見つめた。あの服に袖を通すのはいつぶりか。

行きたくない。でも行かないとどうなるのか。からかっているのかもしれない。でもあの朔間零の目はからかっているようには見えなかった。

でもアイツは信用できないんだ。本当のところどうなのかなんて俺は分かりやしない。

「ああ…考えるのがだるい…」

ついに考えることを放棄した俺は埃が乗ったスクールバッグに財布だけ詰めて制服を手に取った。

学校に行って何かをしろ、とは言われてないんだ。学校に行くだけ行って、門のところへ近づいてすぐ帰ればいい。アイツにはちゃんと行ったと言えば済む話だ。間違ってはない。ちゃんと行っているんだから。学校に入らないにしても。

財布と筆記用具だけが入ったスカスカの鞄を手にして部屋から出る。

洗面台の前に立って鏡に写った自分を見た。こんな顔の奴がアイドル科なんて笑い話にもならない。

伸び放題の髪の毛を手ぐしで整えた。前髪は長くなって目を覆っている。

…なんで行こうとしてるんだよ俺。深くため息を吐いて意思と反する自分の行動に嫌気がさす。

リビングに顔を出すと、ご飯をよそっていた母親が俺の姿を見てしゃもじを落とした。口があんぐりとあいている。

そうだろうな。ずっと引きこもりだった息子がある日突然制服着て出てきたらびっくりするよな。

「…学校、行く…。」

それだけ伝えてテーブルについた。温かい味噌汁も味を感じない。思いのほか自分が緊張しているのが分かる。

ご馳走様、と食べ終えて玄関に向かった。久しぶりに学校用の靴を履く。

恐る恐る玄関のドアに手をかける。力を入れて、少し開けた。
外の空気が流れ込んできて、新鮮な空気が鼻をついた。それだけでいい様にない不安に駆られてすぐさまドアを閉めた。

またひとつため息が出る。
意を決して、もう一度ドアを開けた。太陽の光が眩しい。

ドアに手をかけ開けたまま、後ろを振り返る。自分の篭っていたこの家から出るのが怖いのだ。

出来ることならすぐに部屋に駆け戻りたい。そんな思いを抱きながら1歩、足を外に踏み出した。

「…。」

無言で玄関のドアを閉めて家の前に立つ。
いってきます、とは言えなかった。

そんな気分じゃないのだ。

本当に行くのかと未だに自問自答しながら、重たい鉛のような足を踏み出した。