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「誰、そいつ」

当然の反応だろうと思った。
僕は、見知らぬ少年を拾ってきたのだから。

「拾ったんだ、さっき」
「拾ったァ?」

同室のシエル・グランバードは思っていた通り、理解不能といった顔をしている。まぁ、彼はいつもそんな顔をしているのだが、それを見かねたもう一人の友人が口を出す

「とりあえず入って。雨ひどかったでしょ、冷えると風ひくから。はいタオル」
「ただいま、チナ」
「おかえり」

チナ───ティナー・アロイスは、僕が連れてきた少年に「いらっしゃい」と言い(恐らく)微笑んだ。彼は表情筋がかたいのかあまり表情が動かないので、出会ってから五年も経つと言うのに未だに分かりにくい

「で、そいつ誰だよ」

シエルは普段は猫を被りまくって如何にも名門魔術師の出、といった立ち振舞いをするわりに、僕とチナの前ではいつもこんな感じで胡座をかいて机に頬杖をついては警戒心マシマシといった感じで少年を睨み付けている。
その少年はシエルの攻撃的な視線など気付いていないようにチナに頭を拭いてもらって気持ち良さそうにしていた

「僕が出掛けたのは知ってるでしょ?今日は杖に組み込む装飾品なんかを見に行ったんだけど」
「そんなことはいいんだよ」
「んー、まって。僕が説明苦手なの知ってるでしょ」

シエルがイライラとしているのが伝わるが、これもいつものことなのでさほど気にすることでもない。チナはいつのまにか用意したお茶を僕らの前に並べてくれた

「ナスカはその子とどこで会ったの?」
「か、帰り道!」

おまけに僕への助け船まで出してくれる。本当にいい友人だと思う。なんでこんなに性格がいい友人を幼馴染みに持ちながらシエルと言う奴はこうも性格が捻じ曲がっているのだろうか

「なんで連れてきたの?」
「えと、お家が分かんないって言ってて、それで、警察に行こうか?って言ったんだけど、嫌だって、僕についてくるって言ってて、それで」
「ついてきちゃったのかぁ」

チナは心配そうに少年の方を見ながらシエルの横に腰を下ろした。そのタイミングで出してもらったお茶をグイと飲み込んだ。雨で冷えた体にあたたかいお茶が五臓六腑に沁みわたる。

「えっと、お名前はなんて言うの?」
「ないよ」

少年は頑なに「ない」と言うのだ。「ない」という名前なのか聞いてみたが、そうではないらしい。
これは最近噂の虐待とか家出とかじゃないだろうか?

「はァ?お前何歳なんだよ」
「わ、わからない」
「シエル喧嘩腰で話すのやめて。怖いよ」

シエルはいつも初見の相手を睨みイチャモンをつける難癖がある。僕も最初はよく睨まれたものだが

「何歳かわからないの?もう十歳は過ぎてそうなものだけど」

そうなのだ。彼は十二歳くらいには見えるのに名前も年齢もわからないと言うのだ。おまけに家もわからないときた。記憶喪失の類いなら早急に警察に言わなきゃいけないようなものなのだが

「う、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。怖いよね、自分が誰かわからないなんて」
「ありがとう、えと…チナさん?」
「チナじゃなくてティナーだよ」

時々彼がティナーという名前だということを忘れてしまう。1回噛んでチナと呼んでしまって以来ずっとチナと呼んでいるのだが、彼は渾名をつけてもらえて嬉しいよとあの時も(恐らく)笑っていた。

「警察には行きたくないの?」
「行きたくない」
「なんでかな?理由がある?」
「わからない。でも、ナスカと居たい」

チナは優しくて周りにもよく目が届きおまけに力も強い。本人には言わないが、なんとなく母のようだと最近思っている。

「ナスカ随分好かれてんじゃん、人生初モテ期?」
「男の子にモテても嬉しくないよ」
「贅沢言うなよ、童貞」
「は?ちょっと、やめてよ!シエルもだろ!」
「どーだか」

はんっと笑ったシエルはチナに頬をつねられる。小さい子の前でそんな話をするなと言う意味だろうが、僕は明確に微笑まれた。泣く子も黙る笑顔の威圧だった。頬をつねられるより此方の方が怖い。

「な、なんか名前とか思いだせない?」

その笑顔から逃れるように少年に話題を振る。すると申し訳なさそうにショゲショゲとした彼は

「ごめんなさい。なにも」

と答える。
でも、名前がないと話がしづらい。

「ぼ、僕らで名前つけてあげようか!?」

つい突拍子もないことが頭に浮かび、それを口に出してしまった。これは僕の悪い癖だ。思ったことがすぐ口に出るので、制御するのが難しい。
なので、おそるおそる少年を見ると、何故か目をキラキラと輝かせていて

「名前つけて!」

なんて笑顔で返してきた。

「拾った猫とかに名前つけたら愛着わいて別れるの寂しいとか言うのに、名前つけんの?」
「か、彼は猫じゃないし」

シエルはニヤニヤと口元を緩めていて少々ムカつくのでチナに視線をうつすと、見たことないような真剣な顔で此方を睨んでいた。

「ヒッ!なに?怒ってる?ごめん!」

慌てて魔術のバリアを張ってしまうくらいに単純に怖くてつい仰け反ってしまう。自分から出た声は情けなくもかすれていた。
するとハッ、と気付いたように眉間のシワが薄れたチナは此方を向き

「ごめん、なに?」
「ぼ、僕のこと睨んでたよね?」
「え、睨んでないよ!ごめん、俺が目付き悪いからだね…彼の名前考えてたんだ」

チナは申し訳なさそうに頭を下げた。こちらこそ勘違いしてごめん、と頭を下げる。

「な、なにか思い付いた?」
「ぶ…ブルーヘア」
「ブッ!」

ニヤニヤ顔で頬杖をついていたシエルが吹き出した。唾が此方にまで飛んできた気がしてつい腕で顔を拭ってしまった。彼のご家族が彼のこんな姿を見たらどう思うだろうか。

「頭が青いからか?ティナそれは、やべぇって!」
「ごめん、俺には無理だ」
「俺のことブラックヘアーって呼んでいいぜ!」
「や、やめてくれ」

隣を見ると、ぶはぶはと汚く笑い続けるシエルと悲しそうなチナを眺めている少年がいてなんだか此方が申し訳ない気分になる。
少年は、睫毛が長く瞳の色も澄んだ紫色だった。綺麗だななどと思っていると視線を感じたのか少年と目があってしまった

「ナスカ、なにか名前思い付いた?」

彼の声は瞳と同じように澄んでいて、ギャアギャアうるさいシエルの声と重なっても耳によく届いた。

「れ、レオン…とか?」

僕が声に出した瞬間、部屋の中が しんとなる。
そして窓の外が一瞬だけピカッと光り

「雷か?」

シエルがそう呟いたと同時に…ドガン!と鳴った。音と光との差の時間があまりないように感じた。かなり近い位置に落ちたようだ。

「レオンって、どっかで雷って意味じゃなかったか」

彼は僕が知らない知識をいっぱい持っている。こういうとき、僕は彼より劣っているなと感じたりするのだ。

「わからない。なんとなくつけたから」
「お前、我が子につける時もなんとなくでつけんのか?」

そうだ。いつか僕にお嫁さんができて、結婚して、色々あれこれして、そうこうしてるうちにベイビーが生まれたりしたら僕が名前をつけてあげなきゃいけないんだ。
息子は親を選べないし、名前も大きくなるまで自分の意思で変えられない。これは一大事じゃないか

「あ、あの…やっぱ考えなおさせ、」
「俺レオンって気に入った!レオンって呼んでよ!ね、ナスカ」

少年は初めて歯を見せて大きく笑った。雨の日に咲いた向日葵のように。いや、雨の日に咲くなら紫陽花とかの方が風情があるけれど。あぁ例えば冬の夜に咲く朝顔、みたいな。
そんな花のように笑った彼は勢いよく立ち上がってはレオンレオンと名前を連呼して部屋を歩き回った

「気に入ってんじゃん」
「よかったね、ナスカ」
「あ、あぁ…うん。あんなんでいいのかな」
「いいんじゃねぇの」

シエルもチナも部屋を歩き回り飛び回るレオンの姿を眺めていて、その目はとても優しい色をしていた。まるで母親と父親のようだな、なんてふと心の中で思ったがこの場合どちらがどうなのだろうか。
見た目なら絶対にチナが父親だけど、性格で決めるならチナは絶対母親だと思う

「ナスカ!」

かけられた声に顔をあげると目の前にレオンの顔があって、ズイと近付いた可愛らしい顔に少したじろぐ

「ありがとう!」

また笑った少年につられて笑いがこぼれてしまう。
視界の端でシエルとチナが目を合わせていた。


さて、名前なんてつけてしまったけどこれからどうしようか。
あいにく明日からは新学期で学校が始まってしまうのだが、流石に学校につれていくわけにもいかないし、今日は既にもう夜遅いし。眠いし。

「明日 始業式終わってからどうするか考えようか」
「そうだね」

丁度僕らの部屋は四人部屋なのに、一人足りない。
学生が減っているという噂があるがそこのところはよくわからない。もしかしたらレオンが来るための余白だったのかもしれない。

「レオンはここで寝てね」

彼は、二段ベッドの僕の上で寝てもらうことになった。そこがいつも空いていたし、僕はよくベッドから落ちるから上では寝たくないし。

「ありがとう。おやすみ、ナスカ」
「おやすみレオン。良い夢を」

数分もしないうちに上から寝息が聞こえたが、今日は明日の事で頭がいっぱいで、どうにも眠れそうにないなと思いつつまぶたを閉じる。


明日 僕たちは、最終学年となる高等部三年生になる。

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