どこか知らない場所へ
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時間が早いせいか、まだ部屋にはエリオル以外誰もいなかった。
やることもなく窓から外を眺めてみるが、別段なにか変わった事があるわけでもない。生ぬるい風が昨日はりきって自分で切った前髪を持ち上げた。
此処は、故郷とは違う匂いだった。
エリオルが来てから既に十分ほどが経過していた。ふと人の気配を感じて扉の方へ視線をうつす。すると、静かに扉が開いた先に、逆光で顔はよく見えないが誰かが立っていた。
「うわっ!誰!」
その男は大声で叫び、そのままズカズカとエリオルの元へと走り寄ってきた。エリオルは反射的に顔をそらした。初対面相手にもペラペラと話しかけられるような奴は苦手だった。
まさか自分の次に来る奴がハイテンションな奴とは運が悪い。今年は最悪な一年になりそうだ。
「来るの早いね!」
最悪に最悪が重なり、やはり声をかけられた。
「あ、あぁ」
「何分前に来たんだ?俺絶対一番乗りだと思ってた!」
「十分前くらい」
「はや!まだ集合時間まで三十分以上もあるのに!」
そう言うと席確認の為か離れていった男はまだぶつぶつと何かを話していて、エリオルはただ黙って気配を消し存在を忘れられる事だけを考えていた。
頼むからこいつとは席が離れて欲しい。
「あ!ねぇねぇ!俺の席ここだった!」
最悪だ。
そいつは俺の1つ前の席を陣取るとドスンと椅子に腰かけた。
「君なんて名前?俺リュカルド。リュカルド・アーヴェライン」
リュカルドと名乗った男は、既に椅子の向きを変えて座り、エリオルの机に肘を乗せて両手で頬杖をついていた。こんな事をされては、もうエリオルにはトイレに行くくらいしか逃げ場はなかった。だが、此処でそれを提案したところで、ついてこれられては元も子もない。
「エリオル…バルトロイ…」
渋々名乗ったものの、もうバルトロイ家にはほぼ縁を切られた状態だ。バルトロイと名乗るのが正しかったか定かでない。つい声を小さくしてしまう。
「エリオルね、わかった。じゃあエリ、顔あげてよ」
顔をあげろと言われて、仕方なく言う通りに顔をあげて見せる。
「あ、やっと顔見えた。ふふ、はじめまして」
そこには柔らかそうな短い金髪を風に揺らす笑顔の少年が座っていた。その彼の瞳は、綺麗な綺麗な青色だった。
エリオルは青色の瞳が嫌いだった。故郷の者は青色の瞳が多かったからだ。
だが、彼の瞳の青色は、夏の空をギュッと詰め込んだような、いつか本で見たとある宝石を思い出させるような、美しく輝く青色だった。光り物が好きなカラスに見つかれば抜き去られそうだ。
この世で一番美しい青と言っても過言ではないとエリオルは思った。
ついバチリとあった瞳が離せなかった。
「よろしくね、エリ。俺の事はなんとでも呼んでよ!」
「え、えあ、えと、じゃあ、アーヴェラ…」
「やだやだ!無理!却下!」
突然大声で拒絶を示したリュカルドを前にエリオルはただ怪訝な顔を浮かべることしか出来なかった。
なんとでも呼べと言ったのはそっちだ。
「ファミリーネームなんかで呼ぶなよ!ナンセンスだな!ほら!リュカリュカとかルドルドとかさ!」
さっきまで笑顔でにこにことしていた彼は、今度はぷりぷりと怒り、言いにくそうな渾名を伝えてきた。表情がとても豊かな奴だ。
「リュカルドくん、とか?」
「無理!くんとか言いにくいだろ?リュカでいいよ!」
「じゃあ、リュカ」
こいつのペースに流されてはいたが、自分は元々こういうテンションの奴は苦手だったのを思い出して、ふいに面倒臭くなって窓の外へと視線を向けた。
こいつのコミュニケーション能力の高さを見るに、どうせこいつは俺以外の奴とつるむだろう。そう思うと、もうこんな呼び方は二度としないだろうな。
彼は満足気に微笑んで、うんうんと一人でうなずいて見せた。そして、
「エリが今なに考えてるか当ててあげる。俺みたいな奴、嫌いでしょ」
図星を刺されて心臓が波打った。
相手にこんな最悪な気持ちが伝わってしまった事もそうだが、なによりそんな事を面と向かって聞いてくるリュカルドの気がしれなかった。
暑くもないのに だらり、と汗が頬を伝う。
「でも、俺は君が好きだ」
「…は?」
「俺は君を気に入っちゃったから、君が俺の事好きになるまでまとわりつくことにした」
二度目の「は?」という言葉は音を失った。鳩が豆鉄砲を食らうとはまさにこのような事を言うのだろう。そんなエリオルの考えも知らず、リュカルドは手をとって「よろしく!」と笑顔を向けた。
ふたたび教室の扉が開く音がする
時間はもう集合時間の20分前になっていた。今年一年クラスメイトとして過ごす生徒達は次から次へと教室へ雪崩れ込んでくる。皆、あちらを見たりこちらを見たり、同郷の友人と話をしたり、別の教室へ行ったり…一気に賑やかになった。
「ねぇ、エリ」
それでも、前の席の男が何処かへ行く様子は伺えなかった。
「なんだ」
先程付きまとうと言っていたのは冗談ではなかったのだろうか。されたらされたでかなり迷惑な話なのだが。
「俺達いい友達になれると思う。クラスの奴等見てそう思った。俺エリと1番相性いいわ」
教室内を眺めながら謎の自信から得意気にそう言ったリュカルドの言葉はエリオルには理解しがたかったが、別段悪い気がするわけでもないと鼻を鳴らした。
「まだ全員来てないだろ」
そう返したエリオルの口が無意識に緩んでいる事には誰も気が付かなかった。エリオル自身も気付いていなかった。
「今日一緒に帰ろ。寮だろ、お前」
「あぁ」
ガヤガヤと騒がしい教室に、予鈴の鐘が鳴り響いた。
20190502
https://shindanmaker.com/375517より
貴方はリュカエリで『どこか知らない場所へ』をお題にして140文字SSを書いてください。
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