花束を君に
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本来なら昼食を終えて食後のティータイムを待ち遠しく感じ出す時間帯であるが、エリオルまだ生憎今日の昼飯はおろか、朝飯にすらありつけていなかった。
いつも菓子やら紅茶やらをいそいそと机に並べてくれる彼女の事も、今日はまだ見てすらいない。
「あ゙〜〜〜!」
間抜けな声をあげながら両手を上へとめいっぱい伸ばした男は、窓の外へと視線を向けた。
その視線の先には、誰が何の為に作ったのか、かなりの面積を有する庭園が広がっている。
夏場などは昼食を食べる者達がそこに溢れていたりもするのだが、今は冬場ということもあってか、見渡す限り人影は疎らだった。
「ん?」
小さく声を漏らしたエリオルは、何を思ったのか突然立ち上がると、ガラガラと立て付けの悪い窓を開けた。
掃除の行き届いていない窓からは、目に見えるほどの埃が舞った。
その耳障りな開閉音に気付いたのか、一人の青年が此方に顔を向ける。
「エリオル…隊長?」
「やぁ…トルテ、こんにちは…」
エリオルの口から、白い息が零れる。
トルテと呼ばれた青年は、小さく挨拶を返すと、部屋の中の温かい温度に吸い寄せられるように窓の方へと近寄ってくる。
トルテは窓枠に手をかけると、不思議そうに室内を見回した。
「なんでこんなところに?」
「あぁ、少し調べものをしていて…」
「そうですか」
会話は、上手く続かない。
元々彼らはどちらも話は聞く方の立場なのが多く、話すのはあまり得意ではない。トルテが小さく息をつくと、彼の口からも白い息が漏れた。
「…今日も、寒いな」
「そうですね。………あの、今日はロズリアと一緒じゃないんですね」
「ん?あぁ…彼女とはまだ今日は一度も会ってないな」
「えっ」
突然大きな声を出すトルテに、エリオルは体をビクッと跳ねさせた。
「朝からずっと、ここに…?」
「昨晩から」
トルテは、人形のようにまるで表情が変わらないので、彼の気持ちを汲み取る事はエリオルには難しかった。
ただエリオルは少し、ほんの少し、トルテの「あり得ない男だ…」と言いたげな雰囲気を感じた。
「今日、なんの日か御存じですか」
「…二月………何日だ?」
エリオルの心情は、確信に変わった。
トルテは今心の底から「あり得ない!」と言いたそうな顔をしている。
いや、正確には表情は何一つ変わったようには感じないのだが。
ふと、前にミシェルが「トルテの顔みたら何考えてるか分かるよ!」と言っていたのを思い出した。きっと、こういうことだろう。
「…エリオルさんは、何日寝てられないんですか」
「昨日は、ここで寝た」
トルテはあからさまに溜め息をついた。
そして今度はエリオルの赤い瞳をジッと見つめ、こう言った。
「…隊長、少し庭園まで出てきてください」
◇◆◇
エリオルは、ただっ広い庭園にいた。隣にはトルテもいる。
「トルテ、何の用だろうか」
「お忙しいところ申し訳ありませんが、花を数輪摘んでください」
突然の申し出と、渡されたハサミを手に、エリオルの頭の中はエクスクラメーションマークで埋め尽くされた。
この庭園は、特定の「誰か」が手入れをしているわけではない。
いつからそうなったのか定かではないが、水魔法が得意な者達が気が向いた時に水を撒き、手入れ好きな者達が雑草抜きや草木の手入れをしている。新しく種を埋める事も禁じられておらず、魔法植物とやらの栽培に勤しむ輩もいるほどだ。
それ故に、この庭園から花を摘む事は禁止されていなかった。
しかし、睡眠不足のエリオルの脳では、今の自分がおかれている状態を、とてもじゃないが処理しきれなかった。
「隊長!」
「あ、あぁ…」
今まで見た事がないほど押しの強い彼に、エリオルは混乱しつつも、言われるがままに花を数輪摘んだ。
「あの、…」
「今日が何日か、本当にお忘れですか」
「………十二日くらい、か?」
トルテはまた大袈裟に溜め息をつき、
「うちのザハもそうなので、あまり人の事は言えませんが、エリオルさんも大概ですね」
と続けた。
そして、エリオルの手元の花を奪うようにとると、どこから出したのか、肌触りの良さそうな純白の紙と赤いリボンで手際よく花をまとめ、数本の花を追加で詰め込み、小さめだが美しい花束を作り上げた。
「私から言う事はありません。あとはロズリアに任せます」
グイッと勢いよく胸に押し付けられたその花束を、エリオルは反射的に受け止める。
花の甘い香りが鼻腔をくすぐり、心無しか眠気を誘う。欠伸を噛み締める。
「では」
トルテは、その場をあとにする。
訳のわからぬまま残されたエリオルの腹は、ぐるると鳴いた。
「昼飯にするか」
エリオルの足は、食堂へと向いた。
庭園をあとにし、出てきた扉から廊下に入る。もう時刻は三時になろうとしていた。
曲がり角を、曲がる。
バッと何かが飛び出してきたのを視界に捕らえ、咄嗟に花束を握った右手を上にあげた。
案の定ドンッ、とそれはエリオルの胸にぶつかった。
「きゃっ!」
それがバランスを崩し倒れる前に、反射的に飛び出してきた者の背に左腕をまわし、グイと持ち上げた。
「ご、ごめんなさい!私少々急いでおりまして!…って、あれ、エリオルさ…ま………ひゃあぁ!」
ペラペラとやかましい言い訳を並べるそれの正体は、エリオルのよく知るロズリアだった。
「お前、顔が赤いぞ。…急いでるってのは医務室か?」
「え!いやあの、そうでは!なくて!あの………きょ、距離が、ちかっ!近いです!」
「あ、すまん…」
慌てて手を離すと、ロズリアは逃げるようにエリオルの腕の中から飛び出し、威嚇する猫のようにフーッフーッと息を漏らした。
「体調が悪いなら付き添うが」
「いや!あの!あの…えと…」
突然にどもりだすロズリアを前に、エリオルは怪訝そうな顔を向けた。とは言っても、彼の顔はいつもこのような顔なので特別気に止める必要もないのだが
「あ…その、えっと、その、花束は!と、ととトルテさんから貰ったのですか!?」
突拍子もない事を口走ったロズリアに、エリオルは更に眉を潜めた。
そして、右手に握った花束を一瞥し「あぁこれか」と呟く。
「失礼ながら私、お茶の時間になっても、その、エリオル様がお部屋に戻られないので、私その…」
目すら合わない彼女が途絶え途絶え言うには、つまり、茶の時間になっても部屋に帰らないエリオルの部屋から、ふと庭園を覗いたら、エリオルがトルテから花束を渡される瞬間を見てしまった、とそう言いたいらしかった。
「誤解だ。これは特に意味もわからずトルテに作らされた物だ」
「え、作らされた?」
「部屋に飾るのでもいいが、あいにく俺は花の扱いに慣れてなくてな。お前が貰ってくれるなら俺としては嬉しいのだが…」
その瞬間、ロズリアの瞳には涙が溜まる。
何事かと焦りだすエリオルに、ロズリアは笑顔で返す。
「ロズリア…?」
「ありがたくちょうだいいたします!」
幸せそうに微笑んだ彼女の瞳に溜まった涙が、両頬に一筋ずつ流れた。
窓から差し込む日差しに照らされたそれは、キラキラと輝く。ロズリアは手の甲でそれらを拭った。
「すみません泣いたりして…」
「いや、こちらこそすまないが、その、ロズリア、今日は、何日だろうか」
問われたロズリアは、ぱちくりと二、三度まばたきを繰り返す。
「二月十四日ですが」
「………あ、お前の誕生日か?」
ロズリアは、先程より早く瞼をうつ。
彼が、あまり浸透してないとはいえ、各国で花やチョコレートを送り合うという名目で最近流行っている「バレンタインデー」よりも、自分の誕生日を覚えていた事に驚きを隠せないと言った様子であった。
しかし、エリオルは流行りに滅相疎く、バレンタイン等についてはあまり詳しくなかっただけだ。
「おめでとう。今年も一層励んでくれ。では、すまないが俺は昼飯に行ってくる。またあとでな」
エリオルは顔色ひとつ変える事なく、祝いの言葉を伝えるとその場を去った。
残されたロズリアは、何が起こったのか理解ができず、ただ花束をギュッと強く抱き締めた。漂う甘い香りは、動かぬ頭の思考能力を更に低下させる。
「ありがとうございます」
彼女がようやく呟くことが叶った声は、広い廊下にただ響いたが、その声をエリオルが聞くことはなかった。
彼の頭は、もう昼食後にロズリアが用意してくれるだろう紅茶と菓子の事でいっぱいだった。
20190214
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