何十回目の夏
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自分の周りだけグラハリッヒのような砂漠になってしまったのかと錯覚を起こすほどだ
開けた窓から覗く太陽に、ジリジリと肌が焼かれている気がする。風は、窓もドアも廊下の窓も開けてやっと微風が部屋を流れる程度だった
ロズリアがいるのなら迷いもなくエアコンをいれる温度なのだが、今日は生憎彼女はいない
まだまだこれから暑くなるし、まだエアコンは使いたくないというか
彼女がエアコンを楽しみにしているのを知っているので、一人で先取りするのは悪いというか...
彼女が一日休んだところで、自分の仕事にはなにひとつ問題はないはずなのだが、少し物足りなさを感じているのも事実で
はやく明日にならないかな、とか
明日はなんの紅茶が飲めるかな、とか
余計な事ばかり考えてしまって、イマイチ仕事に身が入らない。
「しかしまぁ」
彼女が休みでも、俺は休みでないわけで
ぼけぼけと日中過ごすわけにもいかないのだ
報告資料がたんまりと残っている
「ったく、また書き間違えてやがる」
うちの隊は戦闘こそ長けているが、事務的な作業が苦手なやつが多い
ミシェルのように自分で書いた方が効率がよいのではと思うほどに、訂正印だらけの資料が机に並ぶ
自然と大きなため息が出てしまった
すると見計らったかのように、まるでその音を消すかのように何者かが廊下を走ってくる音がする
「ロッズリアちゃーーーん!」
案の定 リュカルドだった。
輝かしいばかりの金髪とギラギラと光る青色の瞳、まるで雷のような男だと思う
いや、嵐の方が的確だろうか
「うっわ暑?なにこの部屋!エリオル生きてんの?」
「生きてる」
まったくもってやかましい
こいつが近くにいるだけで、体感温度が五度は上がる。
「あれ?ロズリアちゃんは?」
「今日は休み」
「マジか」
なんで?みたいな顔をされても俺だって彼女のプライベートまで詳しくない
「彼女の紅茶でも頂こうと思って来たんだけど」
図々しいにもほどがある。
「俺はお前に茶なんて出さないからな」
「はいはい、お疲れのエリオルには俺が茶を淹れてあげるよ」
「は?」
リュカルドが茶を淹れる?俺に?
今日は雪でも降るんじゃないだろうか
いっそ降ってもらいたいものだが
「今朝いい茶葉が手に入ったんだよね。だからロズリアちゃんに淹れて欲しかったんだけど居ないなら仕方ないや」
「茶葉?フィンハーストのくせに仕事があったのか?」
「ん?あぁ、逆逆。全然ないから自主見回りって感じ。俺偉くない?」
「そうだな」
湯が沸きだす音がすると、部屋の温度がさらに上がったのだろうか
頭がボーッとして、少し眠気も感じる
時計は、15時を回っていた
「エリオルは、また脳筋達がこしらえた資料のチェック?」
「脳筋じゃねぇよ」
いたずらに流れ落ちる汗が髪を額や頬に貼り付ける
半袖の制服も背中が妙に湿っている
「冷たい方がいい?」
「ん」
返す言葉もだんだん適当になる
頭が上手く働かない
紙に並ぶ綺麗とは言い難い文字達が、まるで踊っているかのようにぐねぐねと動いて見える
自分の頭が揺れているのか、それとも眼球運動が狂いだしたのか、はたまた本当に文字が動いているのか
「ひっ」
突如額に感じた冷たさに、思わず情けない声が出る
慌てて顔をあげるとそこにはニヤリと笑う友人の顔があって
「エリ変な顔してるぞ」
「お前だって」
エリと呼ばれたのは久々だなと思いながら、ありがとうと礼を言う
額に当てられたコップを受けとると、カランカランと涼しげな氷の音がした
それを遠慮なく飲み込むと口の中に微かにレモンの風味が広がった。
「レモングラスってやつが入ってんだってさ!美味いだろ!」
「お前が好きそうな味だな」
けらけらと笑う男を横目に見ながらもう一度それを口に含む
「おおよそ脳筋達の字が汚くて解読不可能って感じ?俺手伝おっか?」
そう提案した友人の顔は、何故かひどく懐かしく、昔もこんなことがあったかなと思ったりする
「フィンハーストは?」
「伝令があれば隊長から直に連絡あるから、余裕」
なら少しくらいお言葉に甘えてもいいかな
「お前が書き直してくれんの?」
「書き写すだけだろ?別にいいよ」
「じゃ、これとこれとこれ」
差し出した紙を受け取ったリュカルドはおもむろに嫌そうな顔をした
「うわ、汚」
そして俺と同じ感想が浮かんだ友人に、ふと笑いがこみあげる
「お前がやるって言っただろ」
「はいはい。分かってる」
渡した報告資料と同数の白紙の報告資料を机から抜きとったリュカルドは、来客用のソファに偉そうに腰かけた
「ったく、ルシオールはロズリアちゃん以外に魅力がないよな」
などと愚痴が聞こえたが、お前はルシオール隊じゃないのだから関係ないだろうと心の中で悪態をつく
「暑い」
「俺だって暑い」
「エアコンつけて」
「壊れてる」
もちろんエアコンは壊れてなどいないが
「マジ?扇風機借りてこようか?」
こいつは昔から嘘だの冗談などを真に受けるタイプだったと思い出す
「頼んでいいか?」
「は?俺ひとりで行かせんの?」
「じゃあ俺も行く」
重くダルい体を椅子から離す
座りすぎたせいで少しばかり腰が痛い
姿勢の悪さはなかなか直らないものだな
「昔もこんなことあったよな」
共に廊下に出たリュカルドから出た言葉に、暑さでやられた脳みそは上手く機能しない
「いつ?」
「学生の時」
そんなこともあったかなと頑張って頭を動かしてみるが、もう何年前のことだろうか
「すまん、覚えてないな」
「薄情者め」
そういって笑いながら肘をぶつけてこられ、対した力でもないのによろけた自分を見て、リュカルドはまた笑った
つられて笑った自分の顔はきっとこいつと同じ顔だろう
「あれ、本部ってどこだっけ」
「突き当たりを右」
真夏の入道雲と同じ色をした白い制服と、袖からのびる腕の焼けた肌色はあの頃のまま
窓から射し込む太陽が、ふたつの影を廊下に落とした
こいつと出会ったあの夏から、今年でもう何十回目になるだろうか
20180704
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