創作の海へ、身を投げ出す時
私は一次・二次、楽曲、絵画、立体物を問わず。とにかく暇さえあれば今は何でも「創ってみるか」と思う創作大好き人間です。その創作物が上手か下手かはまた別として。そしてそんな創作に欠かせないのが「心を刺激される外的要因」と「落ち着いて作業できる環境」です。今回は前者、つまりインスピレーションを受けたある映画作品についてお話します。過激な内容を含むため、18歳未満の方は閲覧禁止です。
先日、拍手にてメッセージを下さった方がおりました。琥珀と砂丘の読者の方で、「とある映画を見終わったかのような脱力感と悲しさを感じた」と。驚きました。特に琥珀連載はまさにその作品から大きな影響を受けて執筆したものだからです。同じ作品を知っている方に気付いて頂けるのは本当に嬉しいと同時に、このコメントをして頂いた方のメンタルを琥珀連載で傷付けてしまったのではないか、それほどまでにトラウマを与える映画でもあります。
タイトルは「Nocturnal Animals」_ノクターナル・アニマルズ_。夜行性の獣たち、という意味です。
この映画は、見てもスカッとする気分にもなれないし、感動もしません。むしろ胸糞の悪さと寂しさが残ります。そして何よりも【肌の露出・残酷な暴力・性暴力描写】が含まれます。それらの描写を苦手に感じる、またはトラウマを抱えているという人は絶対に見ないでください。大事なのは芸術への探究心ではなく、あなたの心の安寧なのですから。
物語は、主に三つの時系列・出来事が同時に進行します。@今を生きているヒロインAヒロインの元夫が執筆した悲劇的な小説の中での出来事Bヒロインと元夫の過去。こうして特に字幕で案内されることも無く、当然のようにあちこちのタイムラインが同時に物語を進めます。そして終盤に近付くにつれてそのタイムラインで起きたこと、感じたことが一つに繋がり、映画はエンドロールへ。オープニングキャストロール・エンドロールの旋律があまりにも美しく印象的で、もう二度と見たくない作品なのに、鮮明に内容を覚えています。それくらい、衝撃的でした。
この作品のように、タイムラインを複数作成し同時に展開する映画は少なくありません。然しながら小説でそれを表現するのは大変に難しい。でもどうしてもノクターナル・アニマルズのように、(以下、ヒロイン達呼び分けのためにそれぞれをデフォルトネームで記します。)エリザベスとミラの人生をリンクさせる描写や、AをしたからBが起こり、結果Cという悲劇を生み出した。CからAには修正不可能。もしくは同じX軸の上に展開されている物語のはずなのにY座標が違うせいでミラがリドルと肉体関係を持ったり、セドと共に死喰い人になる未来の可能性が流れ込んだり。あるいは、それすらも過去のミラがなにかをしたからそうなった「結果」なのかもしれないということを書きたかった。砂丘でもテューラというたった一人のプリンセスが生きた記録は後の世に文字として残されているけれど、明かされていない真実まで我々執筆者と読者は察することが出来る。それは修道女たちの文献という形と突然フラッシュバックするポールの脳内での未来の記憶という描写を組み込んでいるからです。
ノクターナル・アニマルズの作品としてのテーマは凄まじいまでの「愛か?復讐か?」なのですが、それは単に悲劇への復讐だけでなく「主体性を持てなかった人間への警鐘」でもあると感じました。様々なタイムラインで起こる全ての登場人物たちはヒロインの内面にある一部分であり、あちらこちらで起きた出来事は全て繋がります。そしてどのタイムラインで起きた出来事にも無意味なものはひとつもなく、何らかの影響を与えている。そして元夫の作り出した小説は人生そのものを揺さぶるほどに影響を滲ませる。当サイトでも、ミラが振り返るエリザベスの残酷な人生はミラとエリザベスの境界線を曖昧にしてしまい、ミラの主体性を失わせる。テューラがポールに対して取り続けた「何度離れてもまた依存する」という行為は弟にとってはとても甘い快楽なのかもしれませんがポールの妻たちを傷付け、やがては人々を血で染める悪夢に変わる。
未来と過去は繋がり、過去は未来に影を落とし、未来は過去を証明する。創り出したひとつの物語は現実との境い目が無くなり、いつしか出られなくなるような閉塞感に追い詰められて夜に眠れなくなる。そして最後の最後に自らの人生の過ちや空虚さに気付いても…
もう戻ることは出来ない。
ノクターナル・アニマルズは色々な方の解説や考察で無限に考え込むことが出来る後味の悪い芸術的作品。然し当サイトは夢小説という形を取っているため、あまりにも悲劇やバッドエンドばかりを続けるわけにもいきません。みんな、大好きなキャラクターと自分とのお話の海に、現実と空想との狭間が生み出す生ぬるい曖昧な海水の温度を求めている。だから琥珀は親世代がバッドエンドでもミラがきっと最終的には幸せな結末を取り戻すでしょう。ミラには主体性を取り戻すことをいつもサポートしてくれる友人たちがいるから意志を手放すことをしないはず。砂丘ではテューラの息子が世界を血で染め、ポールの息子が暴虐の皇帝と呼ばれても。それでも二人は最期に互いの手を握っている。そして、とこしえの砂の中では穏やかに口付けている。インスピレーションを得た悲劇作品から、物語の構成のヒントを得て、自分の指先から髪までもが心地よい無限の液体に身を任せる。そんな文字の海を書き連ねたい。
長くなりましたが、私はいつもこんな感じで多くの作品からヒントを教えてもらい自分にとってのドラマチックな世界観を構築し、ピアノとギターを弾き、筆を取り、夜には心の表すがままの動きで踊る。人生のキャリアとしては負け組と評価される「夢破れた組」なのですが、日々を創作に注ぎ込んで気楽に生きています。もちろん学歴や職歴を追い求め極める方は凄いと思います。とてもリスペクトしています。でも私はその道を歩むことが出来なかった。その代わり、幼い頃から変わらず音楽に、十代の頃はダンスに、そして二十代となった今は小説に。物事を創り出すことは私の人生においての目標であり、全てを終えたあとも残り続ける墓標ですらあるような…そんな気がします。
先日、拍手にてメッセージを下さった方がおりました。琥珀と砂丘の読者の方で、「とある映画を見終わったかのような脱力感と悲しさを感じた」と。驚きました。特に琥珀連載はまさにその作品から大きな影響を受けて執筆したものだからです。同じ作品を知っている方に気付いて頂けるのは本当に嬉しいと同時に、このコメントをして頂いた方のメンタルを琥珀連載で傷付けてしまったのではないか、それほどまでにトラウマを与える映画でもあります。
タイトルは「Nocturnal Animals」_ノクターナル・アニマルズ_。夜行性の獣たち、という意味です。
この映画は、見てもスカッとする気分にもなれないし、感動もしません。むしろ胸糞の悪さと寂しさが残ります。そして何よりも【肌の露出・残酷な暴力・性暴力描写】が含まれます。それらの描写を苦手に感じる、またはトラウマを抱えているという人は絶対に見ないでください。大事なのは芸術への探究心ではなく、あなたの心の安寧なのですから。
物語は、主に三つの時系列・出来事が同時に進行します。@今を生きているヒロインAヒロインの元夫が執筆した悲劇的な小説の中での出来事Bヒロインと元夫の過去。こうして特に字幕で案内されることも無く、当然のようにあちこちのタイムラインが同時に物語を進めます。そして終盤に近付くにつれてそのタイムラインで起きたこと、感じたことが一つに繋がり、映画はエンドロールへ。オープニングキャストロール・エンドロールの旋律があまりにも美しく印象的で、もう二度と見たくない作品なのに、鮮明に内容を覚えています。それくらい、衝撃的でした。
この作品のように、タイムラインを複数作成し同時に展開する映画は少なくありません。然しながら小説でそれを表現するのは大変に難しい。でもどうしてもノクターナル・アニマルズのように、(以下、ヒロイン達呼び分けのためにそれぞれをデフォルトネームで記します。)エリザベスとミラの人生をリンクさせる描写や、AをしたからBが起こり、結果Cという悲劇を生み出した。CからAには修正不可能。もしくは同じX軸の上に展開されている物語のはずなのにY座標が違うせいでミラがリドルと肉体関係を持ったり、セドと共に死喰い人になる未来の可能性が流れ込んだり。あるいは、それすらも過去のミラがなにかをしたからそうなった「結果」なのかもしれないということを書きたかった。砂丘でもテューラというたった一人のプリンセスが生きた記録は後の世に文字として残されているけれど、明かされていない真実まで我々執筆者と読者は察することが出来る。それは修道女たちの文献という形と突然フラッシュバックするポールの脳内での未来の記憶という描写を組み込んでいるからです。
ノクターナル・アニマルズの作品としてのテーマは凄まじいまでの「愛か?復讐か?」なのですが、それは単に悲劇への復讐だけでなく「主体性を持てなかった人間への警鐘」でもあると感じました。様々なタイムラインで起こる全ての登場人物たちはヒロインの内面にある一部分であり、あちらこちらで起きた出来事は全て繋がります。そしてどのタイムラインで起きた出来事にも無意味なものはひとつもなく、何らかの影響を与えている。そして元夫の作り出した小説は人生そのものを揺さぶるほどに影響を滲ませる。当サイトでも、ミラが振り返るエリザベスの残酷な人生はミラとエリザベスの境界線を曖昧にしてしまい、ミラの主体性を失わせる。テューラがポールに対して取り続けた「何度離れてもまた依存する」という行為は弟にとってはとても甘い快楽なのかもしれませんがポールの妻たちを傷付け、やがては人々を血で染める悪夢に変わる。
未来と過去は繋がり、過去は未来に影を落とし、未来は過去を証明する。創り出したひとつの物語は現実との境い目が無くなり、いつしか出られなくなるような閉塞感に追い詰められて夜に眠れなくなる。そして最後の最後に自らの人生の過ちや空虚さに気付いても…
もう戻ることは出来ない。
ノクターナル・アニマルズは色々な方の解説や考察で無限に考え込むことが出来る後味の悪い芸術的作品。然し当サイトは夢小説という形を取っているため、あまりにも悲劇やバッドエンドばかりを続けるわけにもいきません。みんな、大好きなキャラクターと自分とのお話の海に、現実と空想との狭間が生み出す生ぬるい曖昧な海水の温度を求めている。だから琥珀は親世代がバッドエンドでもミラがきっと最終的には幸せな結末を取り戻すでしょう。ミラには主体性を取り戻すことをいつもサポートしてくれる友人たちがいるから意志を手放すことをしないはず。砂丘ではテューラの息子が世界を血で染め、ポールの息子が暴虐の皇帝と呼ばれても。それでも二人は最期に互いの手を握っている。そして、とこしえの砂の中では穏やかに口付けている。インスピレーションを得た悲劇作品から、物語の構成のヒントを得て、自分の指先から髪までもが心地よい無限の液体に身を任せる。そんな文字の海を書き連ねたい。
長くなりましたが、私はいつもこんな感じで多くの作品からヒントを教えてもらい自分にとってのドラマチックな世界観を構築し、ピアノとギターを弾き、筆を取り、夜には心の表すがままの動きで踊る。人生のキャリアとしては負け組と評価される「夢破れた組」なのですが、日々を創作に注ぎ込んで気楽に生きています。もちろん学歴や職歴を追い求め極める方は凄いと思います。とてもリスペクトしています。でも私はその道を歩むことが出来なかった。その代わり、幼い頃から変わらず音楽に、十代の頃はダンスに、そして二十代となった今は小説に。物事を創り出すことは私の人生においての目標であり、全てを終えたあとも残り続ける墓標ですらあるような…そんな気がします。
2022/08/04/12:40
Category : 雑談
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