独身。188cm。顔は自分で言うが、悪くない。鼻筋は高く目は大きい。プラチナブロンドの髪と同じ色の睫毛は女よりも長い。腹筋は鍛えてるから割れてるし、髭は自分の趣味で生やしてない。王子様だとよく言われてきた。風俗街の誰が父親か分からない最悪の生まれでも死なずに生き残れてそこそこの稼ぎが得られるのは…………間違いなくこの外見があってこそだ。だから見た目を維持することには気を付けてるし金も掛けてる。俺にはこれしかない。
そんな俺には、人とは違う秘密がある。
俺には、前世の記憶がある。
馬鹿かてめぇは?って思っただろ?うるせぇな、俺も忘れたいんだよ、こんなこと。前世で俺は魔法使いだった。あー童貞の事じゃなくて、本物の。木の枝みたいな杖を振り回したら人が死ぬ。物が浮く。箒に乗れる。そんなファンタジーな世界で俺は生きてた。この姿と一緒だった。でももっと若い頃から前世の俺はとある思想にのめり込んでいて…そうじゃない奴を虐めてた。17歳で人も殺した。ろくな奴じゃねぇ。俺は22でムショ行き。その後14年くらい経って脱獄して、また捕まって、で……40くらいで死んだ。その時は…………いや。もういいか。俺の視界に最後に写ったのは泣いてる若い女だった。でも俺はその若い女を愛してた訳じゃない。そいつの母親に惚れてた。その女は俺よりもっと早くに死んでたのさ。
かなりヘビーな記憶を抱えたまま歓楽街の狭い部屋で誕生した俺は、混乱した。杖を探そうと赤ん坊の手で必死に暴れた。でも気付いちまったんだ。俺には魔力が無い。あんなに嫌ってたマグルに生まれ変わっちまったんだ、って。死にたかった。でも死ねない。死にたいのに母親が無理矢理母乳を飲ませやがった。クソが、どんなプレイだよ。そんなこんなでなんとか俺は順調に成長し、以前と同じく恵まれた見た目で女を誑かして金をゲット。16の時に海を越えて此処アメリカにやって来た。母親?俺が10になるかならないかで死んじまったよ。病気だ。その日暮らしの女に高額の治療費なんて払えなくて。…… 可哀想だったさ。
16歳。
この身ひとつでアメリカに辿り着いた俺はまず住む場所を手に入れなきないけない。路上をウロウロしてたら、怪しいオッサンに声かけられて。連れて行かれたのがメンズ・ストリップだった。笑うだろ?今の俺の得意分野だ。で、そこで適当に稼ぎつつ ババ様方からチップを貰う日々。ある日、お得意の“グランマ”が俺の髪を撫でながらこう言った。
「 Louis ! アンタ、マンハッタン・ナイトって映画知ってる?めちゃくちゃ泣けるわよ、アレ。特に主役の女優が演技上手くてね………年取ると涙が……… 」
「へぇ、そんなおもしれぇの?」
「見てみなさいよ!アンタと同い歳くらいの女優のデビュー作なんだけどね。最初は小さな映画館でしか上映されてないマイナー作品だったのに。今はその辺のシネコンで絶対にやってるから!」
その“グランマ” は鼻息荒く語ってた。珍しいよな。男にしか興味が無いこの女が「女優」の演技を褒めるなんて。俺は、同僚の男達がポールに掴まってくるくると回るのを眺めながら興味なさげに返事した。映画は別に好きじゃねぇし。相当有名なアクション映画は誘われたら見る………ってくらいか?そんな俺の膝を叩きながら、“グランマ” はパンフレットとドル札の束を俺に手渡した。見て来いって?めんどくせぇな。俺は札束を財布に仕舞い込みながら、夜景が印刷されたパンフレットを何気なく開く。そしてその一ページ目を見て…………俺は絶句したんだ。
「……………エリザベス………?」
エリザベス・ブラック。
俺が、前世で、好きだった、死んだ女。
主演 Beth 、の文字と共に琥珀の瞳が俺を見詰めている。
お前も此処に生まれ変わってたのか?俺と同じように死んでこの世界に来たのか?俺は 生まれ変わって16歳で………またあいつに惹かれてしまったんだ。
俺は仕事が終わるなり、ロッカールームでスマホを取り出して、【Beth】について調べた。
俺と同い歳。前のロジエール家と同じくフランス出身。ただ違うのは、本人すらも親が誰か分からないということらしい。孤児院で生まれ育ったエリザベス。違和感しかねぇ。ま、以前そこそこのお坊ちゃまだった俺がソーホーのごみ溜めで生まれたんだからアイツだってパリの下水生まれでもおかしくない。で、奨学金で演劇学校に通い自主制作したショートムービーでの演技がとあるプロデューサーの目に留まり、とりあえず一本主演で撮ってみるかということに。それが……このマンハッタン・ナイト。
「よし。行くしかねぇ!」
俺は、それから数時間後。睡眠時間を削って近場の映画館に向かう。そしてやっぱりどう見てもエリザベス・ブラックの琥珀の瞳にスクリーン越しで見詰められ、俺は演技がどうかとかそういうのは抜きに……泣いてた。やっと会えた。謝りたかった。エリザベス。どうやって死んだのかも分からない。ただ、ぽっきり折れた枝だけがお前の命の終わりを告げてたあの時。俺はもう一度お前に会いたいと願った。どんな形でも良い、会わせてくれと。俺の命を捧げるから会わせてくれと。まさか、神が俺の望みを聞いてくれたのか?俺はエンドロールが終わっても泣いてた。いつまでも立ち上がれずに泣き続ける俺はバイトの学生にドン引きされた。
そこからは、俺の妙なファン活動が始まった。というか、会いに行きたかったがどこに住んでるのか、アメリカに居るのかも分からねぇ。マンハッタン・ナイトのロケはアメリカでも もう流石にフランスに帰ってるかも。俺は……手紙を書いた。
あいつが俺の事を覚えてくれているかも。そう信じて、前世のファミリーネームを名乗った。Mulciber , 必ずそう記して蛇のスタンプを押してさ。生憎蛇にも俺の名前にもなんの反応も無かったから前世の記憶は無いらしい。それでも初期の頃は割と返信が返ってきたんだ。いつもお手紙ありがとう、次はこんな作品が決まりました、今はドイツでロケしてます、とかな。【Beth】 へ と書いてるけど、俺はあいつがエリザベスなんじゃないかって信じてる。だってあんな目…………他にいるわけないだろ。ヘーゼル・アイは多いが、アンバー・アイなんて滅多にいないしな。ロジエール家にたまに生まれるらしい兄貴と揃いの琥珀の目。【Beth】はエリザベス・ロジエール、いや。エリザベス・ブラックの生まれ変わりなんだろ?
【Beth】は段々人気になっていった。マンハッタン・ナイトがアメリカでヒットしたこともあり、CMでも見掛けた。街の電気屋のモニターに山ほどエリザベスの顔が映った時には俺は腰抜かすかと思ったぜ。で、あいつはそのあとドラマにも出て。もう一回小さめの恋愛映画の主演をして。相手役とデートを撮られた時、俺は仕事中にも関わらず裏で吐いた。止めてくれ、お前にはレギュラスだけだろ。………さらにその二年後、ハリウッド超大作の 映画に興味の無い俺でも知ってるスーパーヒーロー映画のヒロインに選ばれて。
【 Beth 】はどんどん遠くなっちまった。
20歳 。
手紙は書き続けてる。
返事は10回に1回あればいい方。でも、新しいコミュニケーションの方法も出来た。SNSだ。あいつのInstagramは、俳優仲間と撮ったキラキラした写真で溢れてる。今の恋人と噂される、共演したヒーロー映画の主人公を演じた男が必ず全てのあいつの投稿にいいねとコメントを残して匂わせてるのが腹立たしい。が、そんな事は置いておいて、だ。Twitter。あいつはこっちの方が好き勝手に更新してる。腹減ったとか、服買いたいけど買ったところでpaparazziまみれだから出掛けられないFuck ! とか。わりと好戦的だったあの頃と同じだ。
そんな【Beth】は、俺の手紙に記されていることで返事がしたければ 蛇の絵文字を押して呟くことが多くなった。一見、ファンに向けたただのツイート。でも明確に俺の手紙の内容を答えてくれている時もあって。俺はそれだけで満足だった。どれだけあいつの隣で匂わせ俳優がいた所で…………俺は【Beth】の前の人生を知ってるんだと密かに優越感を抱けるから。相変わらず俺は性格が悪い。
22歳。
俺の人生が、大きく変わった。
ストリップ・ボーイも…もうボーイって年齢じゃねぇしな。自分で店でも経営するか?って思ってた時。道端でスカウトされた。
アダルトビデオだった。ゲイ向け。俺はノンケだ。つーか女優の大ファンやってて忙しいからって断ったら、まさかのノンケ向けもあるよ!って。何でもありかよ、お前らなんなんだよ。でもしつこいから話だけ聞くか、飯奢ってくれるらしいし。
この選択が俺の運命を変えることになる。
「君は見た目がアイドルみたいだ!芸能界の人?」
「どうも。でも全然ちげぇ、一般人」
「お仕事は何してるの?」
「ストリップ・ボーイ」
「いいね!」
いいのかよ。ま、そういう“性” を売り物にするもの同士 抵抗感はないのかも。
「ホント、君みたいに絵本の王子様みたいな見た目の子は珍しい!ゲイ向けのネコならとてつもなく美しかっただろうが…残念だ!でも!こんなのはどうだい?女性向けAV !」
「女性向け?」
「そうそう。演技重視、行為よりもシチュエーションや台詞を細かく設定してさ。男性向けよりも繊細に、より美しく撮るんだよ。君はまさに、絵本の中のお姫様を抱く王子様だ!」
演技、シチュエーション、台詞。
あいつが生きてる世界に 少し似てる。
「……………金は?」
「勿論高いよ。何せ、全部見せてもらうんだから。相当の見返りがあるよ!2〜3年頑張れば あのタワーが買えるくらいにはなるんじゃない?」
スカウトの男はレストランの窓から指差した。ニューヨークほど都会じゃないものの ある程度多くの人口が集うこの街で一番「金銭的にも物理的にも」高くなると言われている建設中のマンション。2〜3年でアレに住めるようになるなら裸を晒すことくらいなんてことは無いかもな。今でさえ客に脱いでる。それが全世界にデータやディスクで見せ付けるってだけだろ?
「………やるよ、その仕事」
「いいねいいね!!成立だ!!」
25歳。
女性向け アダルトビデオ男優 ,
【 Louis'ber : ルイベル 】
俺は…………売れた。
馬鹿みたいに売れた。芸名に、と適当に付けた前世のファーストネームは もはや世間の女達誰もが知るものになってしまった。SNSのフォロワー数は 【Beth】には届かないものの 彼女の五分の一ほどは居る。なんと深夜のTV番組や、男性用シャンプーや香水のCMにも出た。雑誌のセックス特集には必ず俺がいる。
金も稼いだ。あのスカウトが言った通り、俺はついにあのタワーマンションを買う事にも成功する。最上階は メゾネット、ぶち抜きツーフロアだったから流石にそんなに要らねぇわって止めといたけど。その一つ下の部屋を買った。街を見下ろす絶景。顔と体のみで生き残り、成り上がった人生。こっからは土地でも買って不労所得増やして………後は時々自分でも新しい作品に顔出して。オッサンなんて用済みだって言われる頃に静かに引退すっか。そうしよう。
俺はでけぇテレビの前のソファに凭れて、Blu-rayのディスクをセットする。25歳。俺と同い歳になった【Beth】はかなり落ち着いた女優になった。見ているのは幼い我が子を守るために夫婦で犯罪者を追跡するサイコスリラーもの。【Beth】の最新作。どことなくその表情が…………前の人生でのエリザベスを思い出させて。俺は再生を止めた。
演技は上手い。でも、やっぱあいつは笑ってる作品の方が良いな。
27歳
疲れた。強引彼氏っつー設定で若い女優を抱かなきゃいけなかった。前の人生で俺がエリザベスを襲った時みたいで。俺は平然としようとしてたけどフラフラだった。思い出したくなかった。情けない自分が嫌だった。あいつを傷付けた自分自身が今でも許せない。
なんとか撮影を終えて、俺は無意識でハンドルを握っていたらしい。危ねぇ。マンションの地下駐車場に愛車のガヤルドを止めていると俺のフロントガラスの前をフルフェイスのメットを被った真っ黒な大型バイク乗りが爆音で通り抜けて行った。
車から降りると、ほんの少しまだ目眩がする。俺はこんな仕事をしているのに、女を抱くことが疲れる。男として出さなきゃやってらんねぇ時は抱く。仕事も仕事。でもそれ以上は正直ヤリたくない。強引彼氏?何がだよ。セックスの同意も取れねぇ男が良い男なわけねぇだろ。俺はふらつく脚でエントランスへと向かう。
その時、一際大きい目眩がして。俺はその場に屈み込んじまった。あーー、やべぇくらい頭いてぇ。薬買って帰りゃ良かった。
「…………クソが」
動けなくなった俺に、ひとつの足音が近付いてきた。さっきのバイクの野郎か?それにしたら足音が軽い。
「あなた、大丈夫………?体調、悪いの?」
_________おい、嘘だろ?
ずっと聞きたかった、いや、劇場のスピーカーから聞いていた声が、なんで、なんで………?俺は夢でも見て、いや…………聞いているのか?
ゆっくりと振り返る。
黒いレザースーツ、抱えたヘルメット。纏められた髪はその全身とおなじ漆黒で。バサバサと上を向いた長い睫毛が縁取るのは ………… 丸くて大きい琥珀色の瞳だ。
あぁ、やっと会えた。
「………エリザベス………!!!」
「………えっと、人違いよ。それより……あなた、どこかで会ったことある?私と」
「エリザベス……!おれ、おれは………ッ、る、い゛ってえぇぇ……!!!」
「えええ!?!?エリザベスって誰?あなたほんとに大丈夫??ちょっと!!救急車呼んだ方がいい?ねぇ!!ねぇってば!!気絶しないでよ!」
湧き上がる記憶に頭が割れそうになった。
俺は会いたくて会いたくて堪らなかった女を遂に抱き締めた。何十年ぶりか、不思議だ。世界が変わってもエリザベスの匂いがする。俺は頭痛に耐えきれなくなってエリザベスに体重を預けちまった。重いよな。俺、でかいから。それでも心配そうに俺を引き摺ろうとする姿が、いつかホグワーツでユニコーンに蹴られた俺を助けてくれたあの日に重なって。
もう二度とこの女を悲しませたくないと、勝手に思ったんだ。