「原型に戻れば、この傷は羽根で隠れちまうけどさ。でも、俺の翼は大事な仕事道具だ。誇りだ。人間やポケモンっていう命を安全に運ばなきゃならない。見ての通り、そう簡単に治るような傷じゃない。だから辞めてきたんだ」
その後は野生に戻ろうと思ってここまで飛んできたが、お腹が減っていることすら忘れるほど落ち込んでいたらしい。気付いたら私たちがいたのだと言う。
誇りを持っていた仕事ができなくなったのだ。ショックで食事なんか喉も通らなかったのだろう。
「……もし、時間が経って治ったら、もう一度アーマーガアタクシーをやるの?」
「どうだろうな。治ったとしても、もう人を乗せるのは怖いかもな」
危うくお客さんが怪我をするところだった。それがアーマーガアの不注意ではなかったとしても、トラウマになるに決まっている。
「では、ボールに入っては如何です?」
「………………………………は?」
「はい、雨音」
ぽん、と私に手渡された空っぽのボール。まさかさっきソニアさんから貰ったばかりのボールを、もう使うことになるとは。
というか、勝手に話を進めて良いのだろうか?
「アーマーガア、入る?」
「いやいやいやいや待て待て待て待て! 急展開過ぎるんだが!? なんで当たり前のようにボール取り出してんだよ睡蓮!」
「だって貴方、他に行くところ無いのでしょう?」
「確かにそうだけど……!」
「アーマーガアタクシーは、ココガラの時から厳しい訓練を受け続け、試験にクリアした数限りないアーマーガアだけが勤めることができるのだとか」
「やけに詳しいな、お前……」
「勉強しましたからね。今まで人間と一緒に過ごしてきた貴方が、いきなり野生で暮らせるとは思えません。現に空腹で倒れていたではありませんか」
「うっ!?」
すぐそこに木の実が生っていたのに……と、わざとらしく呆れた様子を見せる睡蓮。アーマーガアから、グサッと何かが刺さるような音が聞こえた気がする。図星のようだ。
「アーマーガアさえ良かったら、私たちと旅しない?」
「……そういや、お前らは何で旅してんの?」
旅の目的か。アーマーガアがちゃんと話してくれたのだから、私も言うべきなのだろう。
ちらっと睡蓮を見ると、私に委ねてくれるようでそっと目を閉じた。
「……記憶探し」
「は?」
「私は15歳より前の記憶が無い」
「はあ!?」
今までにないくらい目をまん丸くして凝視してくる。ここまで凄い反応をされるのか。
でもそうか。普通は記憶が無いなんて事実に直面することなんて、滅多に無いものね。
「右目も、もう治らないんだって。でも、どうしてこんな傷がついているのかも、何も覚えていないからわからない」
「おい、それ睡蓮は?」
「知っています」
「はあ!? 教えてやらねぇのかよ!?」
「…………」
アーマーガアに詰め寄られて、睡蓮は黙って固く口を閉ざす。以前に私が尋ねた時もそうだったが、私よりも傷ついているような、そんな悲しい表情だ。
「睡蓮には黙っててもらって良いの。私が自分で探すって決めたから」
「…………」
どんな過去でも受け入れられるように、強くなることもこの旅の目的だ。私が私自身を探す旅。
睡蓮は私の支えとして必要な存在だ。過去を語ってくれなくても、私のことを私以上に知ってくれている。大事に想ってくれているのは伝わってくる。だから安心して行動できるのだ。
「…………はぁ。強いな、お前」
「そう?」
「おう。俺だったらなんで教えねぇんだってキレてんぞ」
「そこは雨音ですからね。貴方の数百倍は心が強いですよ」
「数百倍は言い過ぎだぞ睡蓮!!」
「で、どうするんです?」
「〜〜〜〜ッあぁああもう!!」
ガシガシとヤケクソになって頭を掻くアーマーガア。睡蓮との口論には負けたようだ。相手が睡蓮では仕方がない。
アーマーガアは再び光に包まれて原型へと戻ると、翼を広げて宙を舞う。怪我をしているとは思えない安定した飛行だ。
空中で一回転し、私の前へと降り立つ。
『雨音のボールに俺を入れてくれるか? 一緒に旅していつか俺が恐怖を克服した時、俺の一番の客として乗せてやるよ』
「うん。約束だよ」
差し出したボールのスイッチを嘴でつつき、赤い光と共に吸い込まれていく。ピコンピコンと点滅していた光は、やがてカチリという音と共に収まった。
「雨音、アーマーガアに名前はつけないのですか?」
「あ、そっか。アーマーガアって種族名か」
だったら何か良い名前をつけてあげたい。この世にアーマーガアはたくさんいるのだから。
すると、持っていたボールが勝手に開いて、また擬人化したアーマーガアが出てきた。
「俺に名前くれんの!?」
「反応早いですね」
「お前と雨音が2人っきりだとなんか危ない気がすんだよ、エセ紳士」
「失礼な鳥ですね」
「このやろ……」
2人の間にバチバチと火花が飛んでいるような……。喧嘩に発展する前に名前を決めよう。睡蓮は強いから、アーマーガアが二度と飛べなくなってしまう。約束したばかりなのにそれは困る。
「“風飛(フウト)”」
「へ?」
「風と飛ぶで“風飛”でどうかな?」
いつか一緒に風に乗って飛ぼうねって願いも込めてみた。
「……! 気に入った。サンキュ」
「これからよろしくね、風飛」
「おう!」
こうして風飛が仲間入りし、私たちの旅はちょっぴり賑やかになった。