『…………ぅ……、うぅ…………ん……?』


「あ、起きた?」



カレーができあがり、2人分にしては多く採ってきてしまった木の実を野生のポケモンたちに分けていると、アーマーガアの瞼がゆっくりと持ち上がった。

身体を起こした彼は、目を丸くしてキョロキョロと周りを確認する。大きな身体つきでも挙動は可愛い。



『ここは……?』


「ワイルドエリアのこもれび林。あそこの岩影で貴方が倒れてたから、睡蓮に移動させてもらって休ませてたんだけど……」


『……そうか。……! って、あんた、俺の言葉を……!?』



驚いて目を見開くアーマーガア。
普通に会話していたけれど、ポケモン相手でも話せる素振りは見せない方が良かっただろうか?



「ダメだった? 睡蓮」


「今は周りに他の人間はいませんし、問題ないでしょう。危なければ私が雨音の口を塞いでいますよ」


「それもそうか」


『待て待て。なんか厭らしい表現が聞こえた気が?』


「はて、なんのことやら?」



引き吊った顔のアーマーガアに、睡蓮は肩を竦める。厭らしいとは?

無言の間。

しかしそれも長くは続かず、静かすぎる場に相応しくない、ぐぅぅという音が響き渡った。



『やべ……』



恥ずかしいのか、顔を背けるアーマーガア。やはり先ほどの音も彼のものだったようだ。

睡蓮はクックッと肩を震わせて笑っている。爆笑するとは珍しい。



「これからご飯なんだけど、貴方も一緒に食べない?」


『え……っ、あ、いや……』


「遠慮はいりませんよ。私と雨音だけでは多いですから」



お皿も余分にあるし、1羽分増えても問題ない量は作ってある。もともと起きたら食べさせてあげようと思っていたし。

そう言うと、アーマーガアは観念したように息を吐いて目を閉じる。身体が光に包まれて形を変え、落ち着いた頃には青み掛かった黒髪の青年が立っていた。

短くて癖のある髪で、前髪はポンパドールにしている。服装は紫から黒にグラデーション掛かった長いコート、赤いシャツ、黒いズボンと黒い手袋。左耳には、アーマーガアの爪を象ったピアスをしていた。



「有り難く、戴くことにする」


「擬人化できたんだ」


「まぁな。人の作る食べ物は、人型になってた方が食べやすいし」


「確かに、嘴でカレーは難しいでしょうね」



睡蓮が盛ったご飯にカレーを掛けていく。



(ハンバーグは1パック開ければ充分かな。3個入りだし)



そもそも1人3個だとしても私には多すぎる。もし睡蓮とアーマーガアが足りなかったら、カレーとご飯をおかわりしてもらおう。

3人分のカレーにハンバーグを1個ずつ乗せれば、ハンバーグカレーの完成だ。



「はい、どうぞ」


「おう、ありがとう。“雨音”で良かったか?」


「うん。そういえば自己紹介してなかったね。私は雨音で、こっちはインテレオンの睡蓮」


「やっぱりポケモンだったか」


「ふふ、人型の方が好みなもので。よろしくお願いします」



自己紹介も済んだことだし、私と睡蓮もその辺に座ってカレーを食べることにする。



「いただきます」



一口ぱくり。舌の上でカレーを味わう。
沢山のスパイスに木の実の甘味や酸味が加わって、今まで食べてきたカレーよりも旨味が増している。ハンバーグのジューシー加減も絶妙だ。凄く美味しい。



「……美味そうに食べるなぁ、お前」


「え、そう?」


「ああ。いや、実際美味いんだけどさ。瞳の輝きが“美味い”って言ってるっつーか。睡蓮ならわかるだろ?」


「ええ。わからない筈がないでしょう」


「……なんか上から目線だな」


「気のせいですよ」


「雨音。こいつ、いつもこうなの?」


「うん、そうだね」



いつもの睡蓮だと思うけれど、変だろうか?
でも確かに私以外の人には、ちょっと態度が変わるかもしれない。喧嘩を売ってるわけではないし、挑発的なわけでもないから私も気にしていない。

それにしても、睡蓮はずっと一緒にいるから私の表情もわかって当然だろうけれど、初対面でもそんなにわかるものなのか。瞳と言っても、私の右目は眼帯で隠れているし、左目しか見えないのだが。



(よく片目だけで読み取れるなぁ)



睡蓮もこのアーマーガアも、観察力が凄い。

自分で言うのもなんだが、私は普通の人よりも感情が表に出ていないと思う。感情の起伏が緩やか過ぎるというか……。人並みの喜怒哀楽は持ち得ている筈なのだけれど、端から見ると無表情なことが多いらしい。



(もう少し、笑えるようになろう)





☆ ☆ ☆





カレーを食べ終え、片付けをしながら荷物を纏めていると、ふいに睡蓮がアーマーガアに尋ねた。



「どうして貴方はここで倒れていたのです?」



睡蓮の問いかけに、アーマーガアがピクリと反応する。

言いたくないことなのだろうか。私も気になっていたけれど、言えない事情かもしれないと思って聞かなかったのだが。

カレーまで食べたのだから言いなさいとでも言うような、有無を言わせない微笑みを向けられて、アーマーガアは気まずそうな顔をする。



「アーマーガアの生息地は、ここではないでしょう」



こういう時の睡蓮は厳しいから私にも止められない。

やがて、睡蓮の視線に堪えられなくなったのか、アーマーガアは溜め息を吐いて話し始めた。



「……まぁ、なんつーか。自己嫌悪に陥ってたってのかなぁ」


「自己嫌悪?」


「俺さ、つい最近までアーマーガアタクシーやってたんだ。擬人化もできるから、タクシーのおっちゃんともお客さんともそれなりに楽しく会話して、目的地まで送ってってしてたんだけど……」



そこまで言うと、アーマーガアは左側のコートの袖を捲った。



「……!」


「酷ぇだろ、この傷」



擬人化して尚目立つ、手首から肘、その先まである大きな傷痕。ポケモンは人間に比べて回復力が高いけれど、それでもこの傷が治るのは相当時間が掛かるだろう。



「突風の吹いてる日だった。その日も俺は客を乗せて飛んでいた。足の不自由なご老人でさ、自宅まで送り届けたんだけど……。家の門に入る手前、突風で飛ばされてきた傘が、そのご老人に向かってきた」


「じゃあ、その傷……」


「ご老人もよろめいて、そのままじゃ傘が直撃するってとこだった。咄嗟に庇ったよ。でも風の勢いが強すぎたのと、傘の骨が剥き出しだったのとで、運悪く翼に刺さっちまってな。しかも羽根の弱いとこ。俺、鋼タイプでもあるんだけどな」



ミスったミスったと、アーマーガアはカラカラ笑って言う。

でも、ただの空元気であることは明白だ。袖を直しながら労るように撫でるその手は、震えを抑えているようにも見える。