逃がしてくれる気はないようだ

『もし10年後にお互い独身なら、その時は結婚でもせえへん?』

10年前、そんな冗談を言われたことがある。
親の都合で中学時代は大阪で過ごしていた理久は、今年で26歳になる。あの日、中学を卒業して再び関東に戻ることになった理久に、クラスで仲の良かった白石が駅で見送りの際に放った言葉だ。
冗談めかして笑いながら言った彼に、理久も呆れたように笑って

『その時はよろしくお願いね』

そう言ったと思う。
初めての大阪で、右も左も分からず毎日がいっぱいいっぱいだった理久を一番気遣ってくれたのが白石だった。彼には感謝してもしきれない。
離れてから連絡はそこそこ取っていたが、最近お互いに忙しく暫く言葉を交わしていない。
今日は中学の同窓会で、前々から企画はされていたがその度皆予定が合わず、やっとの思いで今日開催されることになった。

「ほな、乾杯!」

懐かしい面々に理久は小さく笑う。
変わっていない者も居れば、どちら様ですかと思う程変わっている者も居る。
たった三年間だったが、それはそれは濃い三年間だったと思う。

「猫宮」

そこまでお酒に強いわけではないため、冷えた烏龍茶をちびちび飲む理久を誰かが呼んだ。

「……白石だー!うわ!また一段と大人びたねぇ!」
「それ老けたっちゅーことか!?」
「良い意味で!」

本当に良い意味で。10年振りに見た白石は色気が増しているようだった。これは彼女の一人や二人……何人居るんだ?と思う。

「猫宮も相変わらずやなぁ、何も変わってへんわ」
「喜んでいいのか悪いのか…」
「素直に喜んでええとこやで」

へらり、と笑った白石につられて理久も笑った。
すると白石は一瞬顔を強張らせ、酒のせいかほんのり頬が赤い。それを隠すように片手で口元を覆った。

「酔ったの?顔めっちゃ赤いよ白石」
「……まあそんなとこや」
「水飲む?」
「飲む…」

妙に様子がおかしくなった白石に、理久は不思議に思いながらも冷えた水を渡した。

同窓会がお開きになり、二次会へ行く人と帰る人で別れる。
理久は二次会へは行かず、さっさとホテルで休むべく帰路につこうとしていた。

「猫宮、ちょい待ち」
「白石……二次会は?」
「断った」
「げぇ!二次会行く女子可哀想……」
「ええやろ俺くらいいなくたって。一緒に帰ろうや」

背後から刺すような女性陣の視線に冷や汗をかきつつ、白石に促されるままに歩き出す。

「皆相変わらずだったなぁ」
「せやろ。まあ俺から言わせてもろたら猫宮も相変わらずやで」
「これでも立派なレディになったのに…」
「ははは」
「はははって」
「一人で来たんやろ?彼氏心配せんかった?」
「彼氏なんて居ないから大丈夫ですー、強いて言うなら母親には心配されたかな。迷子になるなよって」
「ふーん……」
「白石こそ彼女に……うわ、こんなとこ白石の彼女に見られたら私刺される…」
「居らんわ!」
「え!!?居ないの!?ど、どうし、え!?別れた直後とか!?」
「今まで居たことないわ」
「はー!??!?!」

理久の声が周囲に響くも、それ以上に周りが騒がしいおかげで誰も気に留めることもない。
驚きのあまり理久は足を止め、白石を凝視している。

「………何か……心に大きな傷でも…?私が東京行ってから一体何が……!?」
「ウザい」
「酷過ぎじゃない?」

目を細め心底鬱陶しそうな顔をする白石に理久は真顔になる。こんなやり取りも久しぶりだななんて思いながら。

「………あの時の約束覚えとるか?」
「約束?」
「もし10年後にお互い独身なら、その時は結婚でもせえへん?って」

そんなまさか。
自分が最近思い出したせいか、白石なんてとっくに忘れていると思っていた。
理久は動揺を見せまいといつも通りの表情を作る。

「よく覚えてたね……私同窓会やるって言われて思い出したよ…」
「俺が言うたことなんやから当たり前やろ。…そうか、思い出してくれとったか」

ふわり。懐かしい笑みを浮かべる白石にドキリとした。中学時代も度々白石にときめかせられることがあったなあとぼんやり思い出す。

「俺も彼女居らんし、お前も彼氏居らん。っちゅーことは、あの約束は有効やろ?」
「……待って待って待って、あれって別れ際の冗談じゃ…」
「冗談であないなこと言うわけないやろ俺が」
「まーじー……」
「なあ、アカンやろか、……理久」
「ッ!」

突然の名前呼びに、思わず顔を赤らめてしまう。だって、そんな、甘い呼び方されたら誰だって恥ずかしくもなってしまう。

「すぐに返事出さんでもええ……なんて悠長なことは言ってられへんから今すぐ答え出してくれ」
「鬼かよ…」
「ずっと待っとったんやからしゃーないやろ」

すると白石はポケットから小さい箱を取り出す。理久の脳みそが正常ならば、それはドラマでよくある指輪を入れる箱な気がするのですが。
白石はその箱の中から何かを摘み、理久の左手を引く。完全に思考が止まった理久はなされるがままになっていた。
左手の薬指に、僅かな窮屈さを感じる。

「俺と結婚してくれへんか、理久」

問いかけられているようで、もう既に決定事項のような雰囲気である。

「この日をずっと待っとったんや」

シルバーの指輪がはめられた理久の薬指に、溶けそうな程熱い口付けが一つ落ちた。


白石蔵ノ介に、新大阪駅で、10年後もお互い独身なら結婚でもするか、と笑いながら言われる