声の正体


今日も進藤がウチの碁会所に来てくれた。昨日の出来事がきっかけで学校でも話すようになったんだ。もちろん、碁以外のこともね。進藤は棋力に対して碁の知識が乏しいから、学校では最近流行りの漫画についてとか話していた。そんな俺と進藤のやり取りをクラスの連中は不思議がって見ていたな。俺も進藤も両方違うタイプだから急に仲が良くなってどうしたんだろうと。


「今日も頼むよ、進藤と打つ碁は楽しいからな。」
「負けっぱなしでも楽しいのか?」

結構、昨日は負け続けたことストレートに言うんだな。でも、不思議と楽しかったからな。むしろ、今まで白星ばかりだったくらいだし。

「何だろうな…格上と打つのが久しぶりだったからか…?いや、それだけじゃなくて満足出来る碁が打てるんだ。力を出し切れたと言うか…。この感情の言語化は難しいな。」

「そ、そういうもん?まぁ、俺は同い年と打てて良いけどさ。」

俺と打つ理由は年齢かよ。この碁会所じゃ俺が一番強いんだぞ。俺の両親も元院生で実力者ではあるけど、今じゃ俺の方が強くなったくらいだし。まぁ、そんなことを言えば、そんな俺に圧勝する進藤は何者だということになるが。


「でもな、たまには俺以外とも打てよ進藤。俺とだけ打っててもつまんないだろ?」

「そ、そういうもん…?」

こいつ本当に進藤って碁を楽しんで打ってるのか…。本当に秀策の亡霊に取り憑かれてたりして。ある日を境に進藤の様子がおかしくなったから、ちょっと否定しきれないんだよな。冗談だけど、秀策じゃないにしても、進藤には何か取り憑いてる説を俺は推す。


「まぁ、碁会所じゃ俺より上の棋力持ってる人なんて殆ど来ないけど。」

「えー俺は別に……あぁ!!わかった!!打つよ、打てば良いんだろ!!」

……?なんだ本当に誰かいそうだな。最近の進藤は時たま隣に誰かがいるような反応をするからちょっと恐ろしい。亡霊取り憑いてる説なんてふざけて考えてたけど、進藤の様子が俺の説を肯定していくんだよなぁ…。


「進藤、もう一局頼むな。」

「あぁ、うん。」


またも俺に指導碁を打ってくる。それでも、久しぶりに碁が楽しいと思えてるんだ。これも進藤に会えてからの俺の変化。そのせいか久しぶりに俺の第六感が勘を取り戻して来ている。


『ーーー5の十ハネ』

「…ん?」
「え?龍神どうした?」

あれ…気のせいか?進藤が打つ前に声がした気がする。"5の十ハネ"と…。ただの空耳かと思ったら、進藤側から見ての5の十に進藤は打った。俺の考えすぎか…?


「いや、なんでもない。」
「そっか。」

一体なんだったんだろう。ただの空耳だとは思えないけど…それは俺の棋力が上がって進藤の次打つ場所がわかった為に現れた空耳か…?いや、そんなはずはない。



『ーーー9の三ヒラキ』

コト…
そ、空耳じゃない…のか?今聞こえた声が示した場所にまたも進藤が石を置いた。ま、まさか本当に進藤に亡霊が取り憑いてる…?いや、幽霊などいるわけがないだろう。だが…そしたら今の現象はいったい…。


恐る恐る視線を上にあげてみる。昨日から感じていたただならぬ気配。まさか、本当に……。


「…………。」

だよな、いるわけないよな。なにを非科学的なことを考えていたんだろう。幽霊なんているわけがない。


『ーーー17の四ツケ』
おいおいおい!やっぱり空耳じゃねーぞ!?今までで一番とハッキリ聞こえた。やばい進藤が少し恐ろしくなってきた。ドッキリ番組の企画でもあるまいし…。



「龍神、お前大丈夫か?顔色すげー悪いぞ。」

『そうですね、この一局が始まってから徐々に顔色が悪くなってきた気がしますね。』

だ、誰だ…?ただ打つ場所を指定するだけじゃなくて進藤と会話もしているのか…?確実に進藤の横に誰かいる。俺の目には見えないけど声だけが聞こえる。空耳じゃない…間違いなく。


「わ、悪い。ちょっと寝不足だったからかな。」

「そーか?あんまり無理すんなよ。」

『どうしますヒカル?このまま打ちますか?』

ここにいる見えない誰か進藤の名前を知ってるのか。本当に会話してるみたいだな。いや、本当に会話をしているのか。ヒカルの表情を見ていたら隣に何かがいるのは一目瞭然だ。ここ最近の妙な独り言も彼と会話をしていたのか。それなら最近の進藤の変な様子にも説明がつく。


「俺は大丈夫だ、打ってくれ。ちょっと面食らっただけだから。」

『本当にそうでしょうか…。』

「あぁ、アンタの存在にな。」

バッと顔をあげて進藤がチラチラ見ていた方に視線を向けて俺は言った。姿こそ確認出来ないけど謎の声といい、ヒカルの妙な挙動といい誰かいるのは間違いない!


「え、なに言ってんだよ龍神!?」
『こ、この者、私の存在を!?』

「姿こそ見えんが声は聞こえるぞ。進藤が碁なんておかしいと思ってたんだ!」

バチッと碁盤に石を打って声のする方を見る。まだ続けるという意思表示と、逃げるなという意味も兼ねて。


「お、お前、いつから…?」

「ついさっき…だな。進藤に指示する声が聞こえてきたんだ。そしたら進藤も指示通りの場所に打つからな。」

『ヒカルどうします…?』

話してる内容からして悪霊ではないらしいな。とりあえず名前くらい聞いとかなくちゃな。ここまでくりゃ、事情くらい聞かなきゃスッキリしない。


「アンタの名は?」

『私は藤原佐為。平安の都で大君に囲碁を教えておりました。』

お、大君に教えてたって藤原さんって実は凄い人…!?いや、腕は申し分ないくらいの凄さだとは分かるが…それに平安といえば1000年前じゃねーか。なんだろうな、いきなりそんな話しされても呆然とするしかないんだが…。


『ただ、私以外にももう一人、囲碁指南役がおりました。ある日、彼が大君に進言したのです。「囲碁指南役は一人で十分」と。その一人を対局で決めることになりました。」

うわぁ、既に嫌な予感がするなぁ。

『そして対局の途中、彼の碁笥ごけのなかに白石が一つ混じっていたのです。それをあの者は一瞬の隙をついて自分のアゲハマにしたのです。』

幾ら何でも度胸がありすぎだろ…。バレれば追放されかねないぞ…?

『私が声を上げた時、あの者は私に向かって碁笥に混じっていた黒石を自分のアゲハマにしたなと、私が言おうとした事を先に言ったのです。』

「ま、マジかよ!?」


その後は、動揺してしまったらしく負けてしまったらしい。それに、当時はコミがなかったから、それも影響したのだろう。そして、入水じゅすい。確かに死にきれないよな。でも、碁打ちにとって碁を奪われれば生きる術はないも等しい。

「藤原さんも大変だったんだな。でも、進藤がいるから碁が打てて楽しいだろ?」

『えぇ!それはもう!』

「佐為は楽しいかもしれないけど、俺からしてみれば退屈で仕方ないんだぜ?打ちたくないって言えば、俺の体をおかしくするしで。」

そういや、ついこないだまでの進藤は吐いたり救急車に乗ったりで体調崩してたみたいだしな。それも藤原さんの影響ってわけか…。そりゃ大変だなぁ…。悪霊じゃないってさっきは思ったけど撤回しておこう。


「そりゃ、進藤からしてみりゃいい迷惑だな。でも、俺は藤原さんと打つのは楽しいからラッキーだけど。」

にこやかに言えば進藤は自分だけ面倒毎に付き合わされてるような気がしたのか不満そうな表情で俺を睨む。


「そんな顔で睨むなよ、今度どっか奢ってやるからさ。」

「んじゃラーメンな!」

即答かよ、まぁラーメンくらいなら奢ってもいいかな。どうせ俺は小遣いなんてあまり使わないから貯まってるし。

「ラーメン好きなのか?」
「世界一美味しい食べ物じゃねーか!」

まぁ、美味いけど進藤にとってラーメンはそこまでか。この満面の笑みを見る限り、奢るというのも悪くないな。

「じゃあ次の土曜でいいか進藤?」

「あぁ、忘れるなよ。」


これで進藤の機嫌も良くなったし、俺は心置き無く藤原さんと打てるわけだ。実は昨日打ったものも棋譜に記録して一人で検討してたんだ。彼ほどの実力者と打った対局を何もしないで消してしまうのはもったいないからな。


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