多様な表情
3日経って土曜日は朝から進藤がウチの家に来てくれた。部屋に友達なんて呼ぶのは久しぶりだ。基本的には俺が友達の家に行くことが殆どだからな。その理由は一つ、単純に俺の部屋には楽しめるものが少ないからだ。碁盤や棋譜や週間碁など含む囲碁関連の本ばかりの部屋なんて誰も楽しめない。
「うわぁ…お前の頭ん中、碁しかねーのか?」
案の定、俺の部屋を見渡す進藤は引いた声で呟く。進藤からしてみたら本当に面白味の一つもない部屋だろうな。
だけど、俺の頭の中が囲碁のことしかないというのは間違いだと思いたい。
「いや藤原さんと会うまでは碁なんか飽き飽きしてたから、言うほどの碁馬鹿ではないぞ。」
「そうだったんだ。」
そんな反応されたら自分でも本当に飽きてたのか自信なくなるな…。でも、進藤とは囲碁以外の会話だってしたし頭の中を占める囲碁の割合は高いかもしれないけど、他にも色々興味あるものはある。
「ほら、学校じゃ囲碁の会話もチラホラしてるしお前とは。」
「あぁー…確かに、言われてみたら龍神って流行りものの漫画とか知ってるもんな。」
まぁ、最近は藤原さんと打ち始めて囲碁の楽しさを再確認できたから再び碁馬鹿に戻りかけてるけど。まだ、俺も若いからプロを諦めきれないんだろうな。だから、藤原さんと打って棋力を上げようとしてるんだ。
俺がベッドに座って何をするか考えていれば、進藤は棚にある囲碁入門の本を手にとって読んでいた。進藤も、ちょっとは碁に興味湧いているのかな?
『それはなんの本ですか!?』
「今、進藤が見てるのは囲碁入門だね。碁の基本的な事が書かれてる筈だ。」
藤原さんの姿が見えないから、変な気分だな。透明人間と話すのと同じで、どこに話しかけていいのかサッパリだ。なんとなく声の聞こえて来た方に返してるけど。俺は近くの本棚から一冊の本を取り出して机に広げてみた。
「藤原さんの場合は、こっちのプロが打った棋譜集の方が良いんじゃないか?なんなら、いつも打ってくれてるし貸すよ?」
『え!?良いんですか!!ヒカルゥ貸してくださるんですって!ねぇ、ヒカルってばぁ!』
声が迫ってくる感じを聞くと、きっと近づいてきたんだろう。進藤はいいよな藤原さんの姿が見えて。俺にはさっぱりだし。
ここ数日、藤原の声を聞いていて思うのは意外と陽気な方だと思った。最近の進藤がダルそうにするのも無理ないと納得してしまう。
「とりあえず一局打ってくれ。」
『えぇ!是非是非!』
「えぇー、いきなりかよ〜。」
多分、進藤の目には打ちたがる俺と藤原さんの姿が目に入って呆れた顔になったんだろうな。渋々、進藤は部屋の真ん中に置いてある碁盤の前に座る。俺も先ほど開いていた本から目を離して進藤の向かい側に腰を下ろした。
「今日は指導碁じゃなくて本気で打ってくれますか?一局くらい力の差がはっきりした棋譜も残したいので。」
『わかりました。では、本気で打ちます。』
本気でと願い出れば、一気に静寂な雰囲気に包まれる俺の部屋。恐らく藤原さんから放たれる強い棋士のオーラだろう。聞けば、藤原佐為とは本因坊秀策にも取り憑いて碁を打っていたらしい。つまり秀策の碁は藤原さんの碁ということ。俺が前に予想した秀策の亡霊というのはカナリ良い線を突いていたみたいだ。
だから、藤原さんとの対局は沢山しておきたい。進藤が碁の楽しさに目覚めるのも時間の問題かもしれないしな。そうなりゃ今みたいに俺に沢山打たせてくれなくなるかもしれないし、今のうちに沢山打たなくては…。
「…ありません。」
碁盤をジッと見て藤原さんに言う。やはり秀策とは化け物のレベルだな。俺ごときじゃ力は測りきれないけど、もしかしたら塔矢行洋にも引けを取らないんじゃないか…?
「検討お願いしてもいいか?」
『えぇ、いいですよ。』
________なるほど、藤原さんと検討してわかったのは根本的に読みの深さが違うんだな。完全に一刀両断されちまったし。でも、昔の感覚は取り戻してきているのは実感できてる。
『龍神はヨセが上手ですね。』
「あぁ、昔から打ってたから慣れかな。」
他にも盤面を見れば形勢を把握できるようになってる。これには俺の父も驚いてたな。
『それに、龍神の打ち筋も、ここ数日で良くなっていますよ。』
「本当か?毎日、藤原さんと打った碁を夜に一人で検討してたからかな?」
なんだか碁で褒められるのも久しぶりな気がするな。本当に進藤が羨ましいよ。藤原さん、俺に取り憑いてくれたら良かったのに。
「お前らよく飽きないなー。」
「あぁ、悪い悪い。」
体を伸ばすと壁にかかっている時計に目をやった。もうすぐ12時になるのか。ラーメン奢るって約束だし、そろそろ出るか。
「じゃあ時間も時間だから、そろそろ行くか。進藤、オススメの場所ってあるか?」
「それなら________」
進藤のオススメのラーメン店に入ればテーブル席に着く。カウンターでもよかったけど、藤原さんも居るからテーブル席の方が良いだろう。
「進藤のオススメは?」
「お、お前、俺にオススメ聞いてばっかりだな。」
そりゃあ、どうせなら進藤みたいなラーメン通の人からオススメを食べてみたいからな。
それから進藤の一推しを頼んだ。出来上がったラーメンが来れば最初にスープを飲んでみた。冷えた体も暖まるな。今日は気温も低くて暖かいものが食べたかったし丁度良かった。向かい側の席には幸せそうな顔でラーメンをすする進藤がいる。なんだか可愛いものだな。ちょっと小柄で目もクリクリしてて…小動物みたいな愛嬌がある…。
って進藤相手に俺は何を考えてるんだ。同級生とは言え見た目だけで言えば俺の2つしたくらいに見えて可愛いっちゃ可愛いけども。頬も丸くて愛嬌あるし…。いかんな、変な感情が芽生えそうだ。
「……なんだよ、さっきから俺の顔ジロジロ見て。」
「…え?あぁ…いや見れば見る程、歳下に見えると思って。」
可愛いと思ったなんて決して口にできない。咄嗟にからかって誤魔化せば、進藤は分かりやすく眉をピクリとさせ「なんだとー!?」と俺に怒鳴る。変に思われなくてよかった。自分でもなんで進藤を可愛いだなんて考えてたんだろう。いや、可愛いと思うこと自体は別にいいのか…?
「すまんすまん、そんな怒んなよ。」
『でも…確かに言われてみればヒカルと龍神じゃ同じ歳には見えませんね…。』
俺の言葉に藤原さんがそう返す。声しか聞こえないけど、きっと俺と進藤を交互に見てるんだろうなぁ。藤原さんって案外言うんだな。
進藤はカッと藤原さんを睨むと『ご、ごめんなさいヒカル!つい…』と慌てたような声で謝ってた。この様子じゃ、思わず口に出したんだろうなぁ…。『つい』って言っちゃってるし。進藤もそこは聞き逃さなかったのは仏頂面で俺と藤原さんを見ている。
「そ、そんな怖い顔するなよ。いま小さい子は、あと数年もしたらグンと伸びるって言うしさ!」
「そういう問題じゃねーの!ていうか何のフォローにもなってねぇよ!」
今の進藤が年下に見えることを否定しなかったからか余計に進藤の機嫌を損ねてしまった。進藤って小柄なことを気にしてたりしてたのかな。そうなら悪いことを言ってしまった。
でも、進藤って表情が豊かであることを発見できた。見ていて飽きないというか。そんなことを思ってたことは伏せておこう。また、機嫌を損ねてしまうからな。でも、また進藤がラーメンを食べて幸せそうにしてるのも見たい。また、進藤に奢ってみようかな。
「そんな気を悪くしないでくれ。また、機会があれば奢るからさ。」
「え!?マジ!?」
ほら、表情がコロコロ変わる。その表情の変化を見ていたいと思ってしまった。きっと、進藤が俺の碁会所に来なかったら、話すこともなかったんだろうと思うと、少し寂しい。だが、反面に今こうして一緒に遊んだりできて良かったと思える。まだ、俺は進藤の事をあまり知らないけど、意外とウマが合うみたいだから、これからも友達でありたいな。
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