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「そういえば、今度の同窓会、深津くん来るみたいだよ」
大学のカフェテリアでランチを食べている最中に、目の前の友人がふと思い出したようにさらりと言う。まるで明日の3限休講みたいだよ、っていう程度の話みたいにあまりに軽く話すので、なまえは思わず、食べていたサンドイッチを喉につまらせそうになった。
「っ、マジで?」
「マジよ。だから、なまえも来るでしょ?」
「深津くんて、今まで来たことあった?」
「はじめてじゃない?ほら、年末だし?」
「そっか」
「じゃ、決まりね。幹事に連絡しとく」
女子特有の噛み合ってるのか噛み合ってないのかわからない会話を交わし、午後の授業へ向かう友人を見送ったあと、1人になったなまえは盛大にテーブルの上に突っ伏した。
「深津くん来るんだ……マジか……」
なまえの高校時代のクラスメイト、深津一成は全国にその名を轟かす山王工業バスケットボール部の元キャプテンであり、高3の頃、なまえが密かに片思いしていた相手だった。好きになったきっかけはよく覚えていない。いわゆる、気がつけば目で追ってしまっていた、という今どき少女漫画でもないような始まりだった気もする。結局、卒業までに気持ちを伝えることはなく、かと言って、思いが消えてなくなるわけでもなく、今も密かになまえの心の中にしっかりある。まるで、押し入れの奥にしまっていた宝箱の蓋を何年かぶりに開けたみたいだ、となまえは思う。
「席近くになるといいなぁ……」
胸にじんわりと広がる甘酸っぱい気持ちと淡い期待を抱きながら、なまえもまた移動の準備を始めた。
(まさかの対角線上とか、ついてなさすぎでしょ……)
なまえの願い虚しく、まるで意図したかのように、なまえと深津はテーブルの端っこと端っこという、一番距離のある席になった。一応、友人の話によれば、同窓会と言っても一般的なそれではなく、単なる定期的なクラス飲みみたいなものなので、普段はそんなに参加する人数も多くないらしい。しかし、年末年始という事で、いつもの倍以上の参加人数になったらしく、長テーブルには今回初めて参加したなまえを含めて、普段はあまり見ないだろう顔ぶれが揃っていた。とはいえ、席の移動は自由で近づけないことはない。しかし、深津の席の近くには元バスケ部をはじめとして、深津と仲の良かった人達が揃っていた。そんな中、さほど親しくもない自分がその中に入っていく勇気はなまえにはなかった。
(ちょっとでいいから話したかったなぁ……)
そんななまえの心の内などつゆ知らず、卒業後の武勇伝を隣で話し続ける顔見知り程度の元クラスメイトに、適当に相槌をうちながら、気持ちがここにない事をさとられないように、なまえはめいっぱい作り笑いを浮かべた。
ひたすら話して満足したのか、隣の席の男子が席を離れた。そのタイミングで、なまえは深津の方を見る。ちら、と一瞥しただけだったのに、なぜか視線がかち合う。予期せぬ事にびっくりしてなまえは思わず、ぱっと目を反らしてしまった。え、なんで見てんの、うそどうして……と疑問符が頭の中をぐるぐる回る。それでも、また恐る恐る深津の方を見れば、やっぱりもう一度目が合った。さすがに今度はすぐに反らすことはできなくて、なまえは仕方なく深津とそのまま視線を交わし合う。けれど、それも長くはもたない。高校のときと変わらず、深津の感情を一切読み取れない目でじっと見られると、まるで丸裸にされたみたいに居心地が悪くて、耐え切れずなまえは席を立った。
「はぁ……」
逃げ込むように入った化粧室の洗面台に手をついて、なまえは深いため息をついた。ため息、というよりは心を落ち着けるための深呼吸に近い。なぜ、深津がなまえの方を見ていたのか、考えても考えてもわからない。そもそも、なまえと深津は特に親しい関係でもない。単なる元クラスメイト。接点も特にない。強いて言えば、くじ引きで選ばれて高3の文化祭実行委員を一緒にやったことくらいだ。それは、なまえにとっては一大事だったけれど、多分深津にとっては覚えてもいない、些細な事だったに違いない。うん、やっぱり勘違いだったかも、そう自分に言い聞かせる。刹那、胸の奥に感じる小さな痛み。けれど、なまえはそれに気がつかないふりをした。
「……!?」
化粧室のドアを開けて、薄暗い廊下に出ると、年季の入った打ちっぱなしのコンクリートにもたれて深津が立っていた。なまえは思わず、変な声がでてしまいそうになるのを飲み込んで、その場に立ち尽くす。多分バスケット選手としてはそこまで大きくないとはいえ、一般的には十分長身な深津が狭い廊下にいるだけで、威圧感が半端ない。
「びっくりしたぁ……ど、どうしたの?」
「待ってたピョン」
「え、誰を?」
「みょうじ」
「な、っ……!」
なんで、と言いかけたなまえを遮るようにして、一瞬にして近づいた深津がなまえの腕を引く。その間、1秒足らず。さすが天下の山王工業バスケ部元キャプテンという素早さに、なまえなんかが反応できるはずもない。
「このまま抜け出すピョン」
吃驚して固まるなまえの耳元で深津が低く囁く。抑揚のない相変わらずの口調に、何故かほんの少し甘さを感じて、なまえは目を見開いた。
「ちょ、待っ、お会計、とか……」
「もう済ましてきたピョン」
「……ッ」
何が何だかわけがわからず、とんちんかんな事を口走って慌てふためくなまえをよそに、深津は涼しい顔で、なまえの腕を引いてどんどん店の出口に向かって歩き出す。引っ張られてはいるものの、足は勝手に深津についていこうと、しっかり早足になってしまっているのが何とも恥ずかしいとなまえは思う。戸惑いながらも、ほのかな期待に自然と緩んでしまう口元を結び直すために、なまえは唇を噛み締めた。そんななまえの様子を全て見透かしたように、腕を掴んでいた深津の手が、なまえの手を包み込むように握った。自分のとは明らかに違う、少し冷たい大きな掌の感触になまえの心臓が、一際大きく脈打つ。もう誤魔化しきれないほど大きくなった胸の高鳴りを、自分でも痛いほど感じながら、なまえは繋がった深津の手をそっと握り返した。