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店の入り口を出ると、雪混じりの冷たい風が吹き付けてきて、なまえは思わず首を竦めた。ふと、なまえの手を引くように、少し前を歩く深津を見ると、肌を刺すような冷たい向かい風なんてなんのその、相変わらずの無表情でひたすら前を向いて歩いている。その上、高校時代とほぼ変わらない坊主頭に雪の粒がうっすら積もっていて、さらにシュールな絵面に。それがなんだか可笑しくて、なまえは心の中で、ふふ、と笑った。
なんとも言えない幸せな気持ちに満たされて、なまえは不意に視線を落とす。さっき繋いだばかりの手は、そうする事が自然だったかのように、今も結ばれていて。まるで、深津の恋人になったみたいなこそばゆい気持ちになる。願わくば、このまま今がずっと続けばいいのに、そう思いながら、なまえは深津と繋がった手に、そっと力を込めた。
「……深津くん、どこに行くの?」
店を出てから何も言わず、駅前の大通りを駅に向かってひたすら歩く深津に、なまえが遠慮がちに尋ねてみる。
「2人きりになれるとこ……ピョン」
何故か普段より遅れたタイミングで出てきたピョン、と同時になまえの心臓が大きく飛び跳ねた。ファミレス、とか居酒屋、とかが普通に返ってくると思ったなまえにとって、深津の言葉は想定外のさらに外だった。そんなことを前ぶれなく、しかも無表情でいうからさらにタチが悪い。
「ね、深津くんて、やり手でしょ……」
早鐘のように鳴り続ける胸に手を当て、なんとか平静を装って、なまえが少し上目遣いに深津を見上げる。
「やり手、ではないピョン」
「嘘だぁ、東京でも、こういう風に女の子ひっかけてるんでしょ?」
「人をナンパ師みたいに言うな、ピョン」
「だって、なんか手馴れてる……」
「みょうじが初めてピョン」
「え、何が?」
「女の子の手、握ったの」
「……!!」
今度こそ心臓が爆発した、となまえは思った。相変わらずの無表情、相変わらずの表情筋が息していない顔で、この男はなんてことをのたまうのか。ずるい。あざとい。こんなことを言われたら、例え自分のように片思いしていなくとも女の子ならみんな、うっかり深津の事を好きになってしまう。そう考えただけで、胸の奥が鈍く痛んだ。そもそも恋人でもなんでもないのに、何を思い上がっているのか。そう頭ではわかっているのに、さざ波だった気持ちを止めることなんてとっくに無理だった。我ながら相当重症だとなまえは思い知る。片思いのときより、もっとずっと深津のことが好きなんだと、はっきり気づいてしまったから。
「着いたピョン」
不意に頭の上から深津の声がして、なまえは、はっと我に返る。見れば、深津の背後に馴染みのある建物があった。
「え、ここって……」
「ホテル」
「は?!」
「ここに滞在してるピョン」
「あ……なんだそういう意味……って、ええッ……!?」
確かに2人きりになれる場所には間違いない。間違いないけども、いやでも、だ。またまた予想の遥か斜め上を行く答えに、なまえはただ目を白黒させるしかない。
「心配しなくても、いきなり取って食ったりしないピョン」
「ぜ、絶対、嘘……!」
「ばれたか、ピョン。下心しかないピョン」
「……!!」
「うそピョン」
ここまでくると、何が本当で何が嘘なのか全くわからない、となまえはその場に脱力する。眉ひとつ動かさないで、しれっと嘯く深津の顔を見ながら、やっぱり間違いなくやり手じゃん、となまえは心の中で盛大なため息をついた。
「どうするかは、みょうじが決めるピョン」
「……」
散々翻弄した挙句、なまえの心の内を見透かしたように、深津がずるい言い方で煽る。しばらく、二人の間に静寂が流れた。
「私は……まだ、帰りたくない……」
少し長い静寂を破るかのように、なまえは小さく息を吐くと、絞り出すようにそう言った。そのまま、熱を帯びた目で深津の目をまっすぐ見つめれば、三白眼気味の深津の目が、ほんの一瞬だけ見開く。
「帰さないピョン」
「……!」
一瞬のうちに、繋いでいた手を些か強引に引き寄せ、深津がなまえの耳元で低く呟く。不穏なのにどこか甘い声色に、なまえの背中がゾクリと震える。期待と不安の両方に揺れる気持ちを隠すように、俯いたままでなまえは小さくうなづいた。