▼ ▼ ▼


微睡みの中、なまえがゆるりと目を開ける。夢うつつで、視界が定まるのをぼんやりと待っていると、頭の上の辺りから、ん、と悩ましげなため息が漏れて、なまえははっとする。次の瞬間、視界に入ってきた逞しい胸板を見て、咄嗟に身体を離そうとするが、同じくらい逞しい腕がしっかりとなまえの腰を捕まえていて、それは叶わなかった。恐る恐る、頭上から聞こえる規則正しい寝息の方を仰ぎ見れば、深津の寝顔がなまえの視界いっぱいに飛び込んできて、なまえは思わず叫び出したいのを何とか堪える。それから、深い呼吸を一つして、もう一度深津の顔を見つめてみる。初めて見る深津の寝顔は、普段の深津よりあどけなく見えた。少しだけ下がり気味な男らしい眉毛にそっと手を伸ばし、指先で触れてみる。そのまま、閉じられた瞼をなぞり、鼻筋を通って分厚い唇の輪郭をなぞっていると、不意に昨夜のキス、はたまたそれ以上の事の記憶が蘇ってきて、なまえはなんだか急に恥ずかしくなって唇を噛んだ。
「もう終わりピョン?」
「……!」
不意に触れたままだった唇が開いて、なまえはびっくりして、咄嗟に手を離す。それをあたかも予想していたかのように、深津の大きな手がなまえの手を包み込むように、握った。
「お、起きてたの?」
返事の代わりに深津が握ったなまえの手を引き寄せ、手首に口づける。肌に触れる深津の唇の感触に、なぜか身体が勝手に反応してしまい、なまえが肩をびくん、と震わせる。その反応が気に入ったのか、深津がいたずらに何度も唇で触れてくるので、なまえは顔を真っ赤にして、ただされるがままになるしかない。
「ひゃ、ッ……!」
触れてくる唇の感触が、不意に生暖かい、ぬるっとしたものに代わり、なまえは小さく悲鳴を上げた。見れば、深津が相変わらずの無表情でなまえの手首に舌を這わせ始めていた。
「ん、ッ……」
深津の舌が、手首の内側の薄い皮膚を舐る度に、背中をゾワゾワしたものが這い上がってきて、唇から甘い吐息が勝手に漏れる。昨日の情事に比べれば大したことでもないのに、過敏に反応してしまう自分が恥ずかしくて、どうにか掴まれた手を引こうとするが、いつの間にか指と指をしっかり絡ませた深津の手がそれをすることを許すはずもなく。そればかりか、反対の腕がなまえの腰をがっちり固定しているので、端からなまえに勝ち目などない。
「舌出して」
「え……?」
「いいから出せ」
戸惑いながらなまえが、言われるがままにおずおずと舌を出せば、すかさず深津の舌がなまえの舌を嬲るように舐める。そのこそばゆさと恥ずかしさで思わず引っ込めようとしたなまえの舌ごと吸い込むように口づけられ、あっという間に深い口付けが始まった。
「んんッ……!」
口内を深津の舌が荒々しく蠢いて、なまえの舌を容赦なく絡めとる。その度に粘膜の合わさる湿った音がして、なまえの羞恥を煽る。これは、昼間ではなく夜のキスだ、となまえは思う。そう思っただけで、恥ずかしさとこの先にある行為を勝手に期待して、身体の中心が熱くなる。そんななまえの内心を見透かしたような、口の中を犯すキスに、なまえはただただ身を任せる以外なかった。
「ん、やぁ……ッ!」
深津が静かに唇を離すと同時に、胸の膨らみを愛でられて、恥ずかしさで咄嗟になまえの口から軽い拒絶の言葉が漏れる。
「なら、やめるピョン?」
「……ッ!」
額と額がくっつきそうな程の距離で、深津がひどく意地の悪い顔で囁く。深津の大きな掌がわざと触れるか触れないか絶妙なところに置かれ、それだけで焦れたなまえの肌がゾクゾクと震える。こんなに意地悪な人だとは知らなかった、となまえは少し恨めしそうに深津を見た。
「やめていいピョン?」
「い、じわる……!」
「意地悪だからちゃんと言わないとわからないピョン」
「やだ、や、めないで……ッ、んああっ!」
羞恥に潤んだ瞳で、なまえが消え入りそうに懇願するやいなや、深津の掌が噛みつくみたいになまえの胸を鷲掴みにする。待ちわびた刺激に嬌声を上げるなまえの首筋に、やめるはずがないだろ、と言わんばかりに深津が甘く噛みついた。


結局、朝から再び深津にたっぷり愛されてしまい、へろへろになった身体を叱咤してなまえがゆっくりと身体を起こす。
「どこいくピョン?」
「喉乾いたからお水飲もうと思って……」
「ちょっと待て、俺が行くピョン」
「大丈夫、自分でいける……ッ、きゃぁッ!?」
なぜか少し神妙な顔をした深津が制止するのを軽くいなして、シーツを体に巻つけたままなまえがベッドから降りようとした瞬間、ぐにゃり、と下半身から床に崩れ落ちてしまう。
「だから、待てって言ったピョン」
床にへたりこんだなまえの頭上から、深津の少し呆れたような声色が降ってくる。
「だって、そんな、なんで、立てないの……?」
「それは……立てなくしたからに決まってるピョン」
「……!」
とんでもなく恥ずかしい事をいけしゃあしゃあとのたまう深津に、真っ赤な顔で絶句するなまえを、いつの間にかベッドから降りた深津がこれまた眉毛一つ動かさずに軽々と抱き上げると、ゆっくりベッドに横たわらせる。
「大人しく寝てるピョン」
「え、でも……」
「今日は夜まで予定ないピョン」
そう言いながら、冷蔵庫から取りだしたミネラルウォーターのボトルをなまえに手渡した。ありがと、と言ってなまえは水を受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして飲む。乾いた身体に染み渡る水がとても心地よい。
「あのさ、深津くんて、もしかして私の事好きだったりする……?」
水を飲んで一息ついて、なまえがずっと気になっていた事をおもむろに口にする。
「まさか、そんな事言われるとは思わなかったピョン……」
背後から投げかけられたなまえの言葉を聞いて、深津が着替えていた手を思わず止めた。
「あ、ごめん。やっぱ、今のなし。私の勘違い」
「逆ピョン。何も伝わってなかったことにびっくりしてるピョン」
信じられない、と言わんばかりの顔で、シャツのボタンも全部閉めきらないまま、じりじりとなまえに近づいてくる深津の顔は相変わらず無表情だったが、どことなく不機嫌そうにみえた。
「え、それって……」
「好きピョン。俺はなまえの事がずっと好きだったピョン」
「う、嘘……」
「嘘じゃない。だから、俺もなまえの気持ちを今ここでちゃんと聞きたいピョン」
まるでなまえがずっと深津のことを好きだと知っているかのような言い方に、なまえの心臓が大きく脈打つ。
「わ、私もずっと深津くんの事が好き……大好き……ッ!」
「その言葉がずっと聞きたかった」
なまえが全部言い終わるやいなや、深津がなまえを掻き抱き、耳元で優しく囁く。いつになく、余裕をなくした深津の感情の見える声に、なまえの胸がきゅんとなる。ありったけの思いを伝えようと、なまえもまた深津の背中をぎゅっ、と抱きしめた。




paraiso