「―――あ、ねぇ、こないだの実力テストの結果、出てるよ!」
「ほんとだ……って、上位20人?うちら関係ないじゃん!」
「1位の人、うちのクラスだね……海瀬って」
「あぁ、あの……」



―――いかにもって感じの

―――そ、あの暗ぁい感じの




これみよがしに聞こえてきた雑言を聞き流して、少女は窓から外を見降ろした。
生まれ育った地では進学校と名高いこの高校に入学して早ひと月。

教師に当てられた時しか口を開かない自分が、段々と周囲の好奇の目を集めていることには気づいていた。



―――目立たない事だ。



そう、毎朝コンタクトレンズを入れながら呪文のように唱えるそれを、もう一度心の中で呟く。
目立たない事。目立たずに、良い成績だけを実績として3年間残し続ける事。

その為には根暗だと言われようが構わない。

まず第一の実績として、自分がトップである事を記したテストの結果表―――ああ現代文はもう少し頑張れば満点だって狙えたのに、どうしても『作者の気持ち』は苦手だ―――に思いを馳せ、同時に早く午後の授業は始まらないのかと壁に掛けられた時計を見やる。


視界の隅で、大きく桜の木が揺れた。

窓が閉め切られているせいで音までは聞こえないが、今日は随分風が強いらしい。
僅かに残った花をふるい落とすようにしなる木を眺めて、次の数学の授業でやる範囲をざっと頭の中で予習しなおす。


ざわつく昼休みの教室を静まらせたのは、一本の連絡放送だった。


「―――海瀬光織、至急職員室へ」と。


途端に集中する目、目、目。

クラスメイト達からしてみれば、極端に物静かすぎるクラス一の才女が入学一ヵ月で職員室に呼び出されるなど、面白い展開なのであろう。
少女―――海瀬光織もまた、伸びた前髪の下で目を見開いて、ゆっくりと席を立つ。



―――目立たない事。



そう、再び繰り返して。







  glitter








日当たりのよい広い部屋には、静かな水音が流れていた。
部屋の真中に造られた“池”に、銀の水差しで水を注ぎ入れる静かな音。
穏やかな空間は、それでも唐突に破られる。


「ふざけたもん掛けておくんじゃねぇよ」


不意に開けられたドアから放り投げられたプレートが、大理石の床で跳ねる。
『社長室――入ったら殺す――』と書かれたそれを見て、社長―――観世音菩薩はゆっくりと笑みを深くした。


「ノックくらいしたらどうだ、社長室だぞ仮にも」
「なら呼ぶな」


入ってきた男は随分と機嫌が悪い様で、決して小さくはない舌打ちをした後で観音を睨みつける。


「そう睨むな。折角の綺麗な顔が台無しだぜ?三蔵」
「……殺すぞ」


苛々とした様子を隠す事もなく悪態を吐く男―――三蔵は、実際かなりの美丈夫だ。

白を基調としたこの部屋でその光を弾く金糸は眩しいほどで、しかし光をあまり受け入れない紫暗の双眸のせいでどこか冷たく暗い印象も持つ。
白い肌に纏った暗い色のスーツが、すらりとした体形を強調しているようだった。


「用件は何だ」
「まぁ急かすな。お前にちょっと頼みがあってな」


銀の水差しを置いて観音は大きく伸びをする。
池に浮かんだ沢山の睡蓮が、ひっそりと甘い香りを放つ。


「海瀬夫妻、って分かるか」
「海瀬……?」
「営業にいたろ」
「、あぁ」


営業と言われて、なんとなく頭に浮かぶ。
元々部署の違う三蔵には致し方のない事ではあったが―――そもそも三蔵は興味のない事はまったく覚えない。


「その夫妻がな、出張先で事故に遭った。―――即死だそうだ」
「……そうか」


さらりと事も無げに言ってのけた観音も大概ではあるが、それに眉ひとつ動かさない三蔵も三蔵だ。


「夫妻には一人娘がいてな」


観音が重厚な造りの机の向こう側で、何やら思案する素振りで一枚の書類を手にする。
話の着地点が見えない三蔵は先を促すように黙って観音と視線を合わせた。


「可哀想だと思わねぇか?まだ15で天涯孤独の身だ」
「……」
「引き取り手もいねぇらしいし、まだ入学したばっかだってのに学校も辞めざるを得ねぇなぁ」
「……」
「ま、なかなかの容姿だし生きてくには事欠かねぇと思うが……真っ当な人生は望めねぇよな」
「……何が言いたい」


痺れを切らしたのか眉間に皺を寄せ、訝しげな三蔵に観音は濃く塗った唇を笑みの形に歪ませる。



「これは社長命令だ、玄奘三蔵。
海瀬光織はお前が引き取れ」



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