父と母についての良い記憶は、あまりない。
二人とも私を“立派な娘”にすることに必死で、どこかへ旅行に行ったり休日に遊んだり―――そんなよくある筈の日常でさえ私は知らない。



―――何でもできる子になりなさい

―――私たちの娘なら出来る筈

―――頑張って、もっと頑張って

―――1番でなければ意味なんて無いんだよ

―――どうして出来ないの



小さなころからずっとそう言われて育った。

刷り込み教育とは怖いもので、幼いころの私にとってはそれが当たり前の重さであったし、それ以外なんてないと思っていた。
両親の言う事は絶対で、言わば両親が私の“世界のすべて”であった。


その異常さに気づいたのは、小学生の時。
夏や冬の長期休み明けにお土産を配り、思い出話で盛り上がるクラスメイト達を見て違和感を覚えた。

長期休みなんてそのころの私には、ただ大会やコンテストでいくつ賞を獲れるか前年の自分自身と競う期間でしかなかったから。



今になって思う。愛されたかったのだと。
期待に応えようと必死で、愛されようと必死で。

必死になればなるほど苦しくて、年を追うごとに“世界のすべて”に限界が見えていた。


あの頃の私は、両親がすべてだと盲信するには成長してしまっていて。

そして、両親に愛されるにはどうすれば一番いいのかが本当のところ分かっていなかったのだ。



だから、今でも覚えている―――中学1年生の冬。

その時の私は塾だけで3つ掛け持ちしている“ガリ勉”で、その上水泳に書道、ピアノに華道まで習い、月曜から日曜まで放課後に予定の入っていない日はないほど忙しい日々を送っていた。
勿論部活なんてさせてもらえず、委員会や行事で『無駄な時間』を過ごす事も許されていなかった為、“ガリ勉”に友達が出来るわけもなく。


ある日。本当に唐突だった。

塾へ行こうとバスを降りた足が、そのまま動けなくなってしまったのだ。
早く行かなくては。今日は大事な模試がある。頑張らなくては―――1位を、とらなければ。



―――あぁ、鬱陶しい。



踵を返すと、足は呆気なく動いた。


その日、私はそのまま塾を無断で休み、帰宅して待ち構えていた両親の横を素通りして部屋に閉じ籠った。
なぜあんなことが出来たのか分からない。

暫く両親はドアの前で私の名前を呼んでいたけれど、ドアを開ける事は終ぞなかった。
鍵などかかっていなかったのに。



―――本当はあの時、入って来て欲しかったのかもしれなかった。





翌朝、家に両親の姿はなかった。







「……へぇ、それはまた複雑な人生ですねぇ」


三蔵が掻い摘んで話す海瀬光織の半生を聴き終わり、運転席で翠眼の男が言った。


「……お前、楽しんでんだろ」
「そんなことありませんよ保護者さん」
「ふざけんな」


助手席の三蔵は愛飲しているマルボロを一本咥え、ライターで火を点ける。
同時に翠眼の男―――猪八戒が、運転席側の窓を細く開けた。
今日は風が強い。



『冗談は休み休み言え。なんで俺が……』
『まぁ事の詳細はその紙に書いてあるからな』
『八戒に頼んだらどうだ』
『お前がじょしこーせーの面倒見れるなんて誰も期待しちゃいねぇよ』
『だったら……!』
『八戒やその他にも協力してもらえ。但し正式な保護者はお前だ』
『話を聞け』
『娘とのコンタクトのタイミングは任せる。まずは海瀬夫妻の葬式だ。お前と八戒が我が社代表で行ってこい』


先程の会話が思い返されて、三蔵の眉間の皺が一層深く刻まれる。



「で、どうするんですか?」
「どうもこうもあるか。葬式なら親族が来てるだろ。適当に済ませて帰るぞ」
「娘さんは?」
「あのババァは引き取り手もないと言ったが……15にもなりゃあ手前の生き方くらい手前で見付けるだろ」


三蔵らしい意見に苦笑しながらも、八戒はそういえばと呟く。


「今の話、夫妻が話していたものとは随分違いますね」
「話?」
「えぇ……」


赤信号で車を止め、八戒は書類に手を伸ばす。


「僕も営業課の事はよく分かりませんが、それでも海瀬夫妻は親馬鹿だと有名でしたから」
「親馬鹿……?」
「何かと娘の事を引き合いに出しては如何に素晴らしい娘かと言う事を滔々と語っていたようですよ」
「夫妻は元々営業課でも内勤だったが、出張を自ら願い出始めたのは3年前の冬の終わりからだそうだ」
「……偶然か、それとも……」
「反抗した娘、という現実から逃げたのか」


信号が青になり、再発進した車内で三蔵はダッシュボードに置かれた書類を見やる。
そこには確かに『育児放棄』の文字があった。



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