金の星のアラザン(金蝉)
私は今、恋をしている。
駅から少し離れたコーヒーショップにその人が来たのは、風が少し冷たいな、なんて思い始めた10月の頭。
緩く編みおろしたきれいな金髪に整いすぎてるお顔、すらりとした身体という雰囲気のありすぎるその人の登場に、私だけじゃなく全スタッフがざわついた。
お客様も「芸能人?」なんてひそひそ囁き合ってたし、店中が色めき立っていたと思う。
確かにすごくすごくきれいな人で、でも私には芸能人とかモデルとかそんなものじゃなくて、
お星さまみたいだ、と思ったの。
「きれいな人……」
その人は定期的に来るわけじゃなくて、週に1回来るか来ないか、時間帯も曜日も決まっていない。
この店で一番シフトに入ってるのは私だから、多分今の所一度も外さずに会えていると思う。
頼むのはいつもアメリカン。砂糖とミルクは必ず。
甘いのが好きなら、と、勇気を出して話しかけたのは11月の半ば、ディスプレイをクリスマスに変えた日。
「もしよろしければ、カフェモカはいかがですか?」
多分早口だったし、声も震えてた。
お星さまは少しの間きょとんとして、長い睫毛を2回瞬かせて、そこでやっと自分が話しかけられたんだと気づいたみたいだった。
「ーーカフェ、」
「カフェモカです。エスプレッソとミルクで……チョコレートとホイップクリームも少し入って、甘いです」
「なら、それを」
深い、甘い声。たったそれだけのやりとり。店員とお客様としての、ただそれだけの。
それでも断られたらと、迷惑そうな顔をされたらと思っていた私は天にものぼる気持ちでドリンクを作り始めた。
いつもの何倍も思いを込めて作ったカフェモカを、お星さまがどんな風に飲んだのかは分からない。テイクアウトだったから。
その日の夜は一人反省会でのたうち回ったし、もし押し付けがましい店員がいる店だともう来てくれなくなったらどうしようと勝手に思い悩んだりもしたけれど、
お星さまはその次の週も来てくれた。
木曜の夕方だったと思う。いつものように突然現れたお星さまは、はっきりと私を見たのだ。
私を私だと認識して、そしてメニューに目をやることなく、言ったのだ。
「この間と同じものを」
頭の中で鐘が鳴り響いた。それもかなり壮大な感じで。
名前も知らない、金色のお星さま。そんな人に恋だなんて可笑しいのかもしれないけど、でも、この人のために私が淹れるカフェモカが、とびきり美味しくなったらいいのに。
――そしてそれは、クリスマスの翌日だった。
この地域にしては珍しく、少しだけ雪が降った。
学生たちはもう冬休みに入ったのか、朝から何かと人が途切れず、店長から使い切ってと頼まれたクリスマスドリンク用のトッピングも手つかずのまま放置されている。
今日お星さまがきたら、つけてあげようか。
そんなことを考えながら洗い物をしていると、かろん、とドアベルが鳴った。ついでに頭の中の鐘も。
初めて見た時と同じように髪を編みおろしたお星さまは真っ直ぐ私の所へ来て、そして。
「いつものを1つと、――お前はどうする、光織」
そのすらりとした身体に纏うチェスターコートの後ろから、女の子が出てきたのだ。
「あんまりコーヒー飲まないので詳しくないんですが、もしおすすめがあれば」
「なら同じでいいか、甘いの好きだろう」
好きです、と無表情で言うその子は何歳くらいだろうか。幼くも見えるし大人っぽくも見える。きれいな子だ。
「いつものを2つ」
そう私に告げるお星さまの目は、もう私を見てはいない。
女の子のコートについた雪の雫を払ってあげて、何事か話している。
――恋人、だろうか。
カフェモカを作りながら横目で盗み見ると、女の子はドアを指して先に出てます、と言った。
そんなに雪が好きなのか、と呆れるような、面白がるような声音。
すごい、この短時間であの子は私とお星さまの今までの総会話量を追い越してしまった。
そりゃそうか、あの子とお星さまはカウンターで隔てられてはいないし、あの子が着ているのはコーヒーショップの制服でもない。
クリスマスの翌日に一緒に出掛けてコーヒーを飲む関係で、オーダーを待つ間くっついていなくても、十分に一緒の時間が取れる仲なのだ。少なくとも、お星さまを残して雪を見に行くくらいには。
どうしてだろう、こんなに絶望的な気持ちなのに、今日も今日とて完璧なカフェモカができてしまった。
少しためらって、片方のカップにだけクリスマス用の金のアラザンを散らす。
これを渡したら、彼はまた少しだけ驚くだろう。そして私が何を言っても、恐らくもう聞いていない。
熱くて甘い飲み物を、外で雪を見ているあの女の子に差し出すのだ。きらきらひかるトッピングがされた、特別な方を。
金の星のアラザン
(お待たせいたしました、カフェモカ2点、お持ち帰りでのご準備です)
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