あの花はどこに咲いていたっけ

クロユリ


「教祖様〜、教祖様〜」

隣にいるこの男を信者の誰かが探して廊下を走っていた。

「童磨様、行かなくて良いんですか?」

「今日はお休みの気分」

「嘘を真実のように説いてみんなを救うのが童磨様の役目ですよ」

皮肉のように言えば腰に回っていた手が強くなった。私も最初はその辺りにいる信者と一緒だった。ある時偶然に童磨のお食事、彼が言うには救済中に鬼だと言うことを知った。童磨が鬼だと知るとみな恐怖に怯え助けを求め逃げ出すという。いつもはすぐ処理してしまう童磨だったが苗字名前は違った。見られちゃったね、と戯けて言えば名前は少し吃驚したあと笑ったのだ。初めての反応に鬼である童磨も吃驚していた。

「俺が怖くないの?」

「鬼ってもっと怖くて恐ろしい物だと思っていたけれど、教祖様が鬼であるならばその綺麗な見目も、世の理について悟っているのも何か納得できました」

「ふふふ面白いね、名前何て言うの?」

「名前です、教祖様」

「名前ね、童磨でいいよ」

周りには転がる死体、手や顔は返り血で真っ赤だった。ニッコリと笑いながらゆっくり私へ向かって歩いてくる。私の目の前で止まると彼は大きく手を広げた。

「おいで」

なんて綺麗なんだろう。こんな状況で彼が綺麗に見えてしまう私も十分化物だと思いながら彼の腕に吸い込まれた。

私と言えば童磨に口止めをされたわけでもなく、特に言いふらすわけでもなく様子を見ていた。数人殺していたようだったが信者たちの様子はいつもと変わりなく、あれが日常的に行われていたことを知った。少し変わったことと言えば童磨がちょっかいを出してくるようになった。特別扱いをされている私を妬み、嫌がらせをする者もいたが童磨が少し説き伏せればパタリと止んだ。そして冒頭に戻る。

「偶に休むぐらいなら良いですが、最近はいつも私の側にいませんか?」

「そんなことないよ」

「そんなことあります」

「名前は俺といたくないの?」

「童磨様の事は好きですがサボっていいわけではありません」

「じゃあ名前を食べてから行く」

「御心のままに」

食べるというのは比喩でいつの間にか童磨とは男女の関係になっていた。私以外にこういう関係になった信者はいないと言っていた。密かに浸る優越感、これが恋だと気づいたのは最近だった。一度だけ童磨に鬼になってみるか誘われたことがあった。一生歳を取らず綺麗なまま童磨といられる。とても甘美で魅力的な誘いだったが成功率はかなり低いらしい。今この瞬間が人生で一番幸せだ。失敗して死ぬくらいならこの時間を大切にしたいと誘いを断った。

童磨が言うには天国も地獄もないと言うが、ここへ来るまでは地獄のような日々を過ごしていた。実の両親に売られ、幼少期から義両親の元で暮らす。義母には奴隷のようにこき使われ、義父には性道具として扱われてきた。救いなどなく、絶望の中一生このまま過ごすのかと思っていた矢先に義両親が出かけたきり帰ってこなくなった。周りは鬼に殺されたと噂していたが私にとって鬼は義両親だった。それから見たこともない鬼への恐怖心が無くなっていた。そういえば童磨が鬼と知ってから一つだけ約束をしていた。私が20歳になるその日に殺してくれと。彼は何故と問いただして来たが鬼にならない私は20歳を過ぎれば朽ちていくだけ。そんな私は童磨の横にいる資格もないし惨めなだけと伝えると救うのが俺の使命だからね、と指切りをしてくれた。

「明日で20歳になります」

「名前ももう20歳か〜鬼になってから時間を気にしたことがなかったからな」

「童磨様に出会う前はいつ死ねるんだろうと一日、一日が遅かったですが、出会ってからはあっという間でした」

「俺は名前を救えたかな?」

「充分すぎる幸せを頂きました」

「本当に鬼にならなくていいの?」

「……良いんです、失敗して醜く死ぬぐらいならこのまま童磨様と一つになって死にたい」

「生まれてこの方、何も感じなかったけど名前といるときは楽しかった気がするよ」

「それは光栄です」

「いやぁそれにしても今日は良い夜だなぁ」

ああ、なんて幸せな最期なんだろう。満点の星、隣には愛しい鬼がいて私自身は消えて無くなってしまうけれど童磨の中で生き続ける。

「私にとってここが天国でした、有難うございます、童磨様」

「名前」

彼がそっと私を抱き寄せて優しくキスをした。

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