ピッという電子音に続いて、目の前の機械からガコンッとペットボトルが落ちた。自動販売機の取り出し口に手を突っ込み、手探りで落ちてきた清涼飲料をとる。炭酸飲料は昔から苦手なので、飲むのはスポーツドリンクだけだが。


「よくやるよなあ、うちの隊長も」


通路の先で行われる、風間と修の対決。A級隊員を相手にB級隊員の自分が勝てるとは思ってはいないが、それでも何かの経験になれば、とのことらしい。「三雲ダウン」というアナウンスは、これでもう何度目だろうか。


「おい、見ろよ。あいつさっき近界民をトリガー使わないで倒した奴じゃねえか?」
「一体どんな裏技使ったんだか」


などと近くで同じくC級隊員が笑ってこちらを見ているが、まるでどうでもいい話だ。

まあ、一人で訓練用の近界民も倒せねーような奴が偉そうなこと言ってんじゃねえよとはなるが。


「……倉花?」


どうにも聞き覚えのある、青年の声。出水公平だ。トリオン体ではないため私服だが、何故かその着ているTシャツには「千発百中」という謎の文字がプリントされている。なんだよそれ千発撃ってるけど結局当たってんのは10分の1じゃねーかという突っ込みはあえて入れず、御琴は彼の隣へと視線を移した。


「出水、誰だ?」
「ちょっとストレートすぎやしませんかね、太刀川さん」


灰色の髪に、格子状の何を考えているかわからない瞳。そして顎髭。20代くらいだろうか。……いや待てよ、太刀川さんってことは……。


「……もしかして、太刀川慶? A級1位の」
「おーそれそれ。よく知ってんな」


ボーダー本部所属、A級アタッカー1位太刀川慶。御琴と同じ孤月使いで、昔は迅のライバル的存在だったと聞いた。


「……ボーダー玉狛支部所属、倉花御琴。たぶんよろしくすることなんてないと思うが、一応よろしく」
「倉花御琴……ああ、あの最近来た近界民か。確か、出水の同級生だったよな?」
「まあ、そうッスけど……」
「へえ……倉花、お前使ってるの孤月だろ」
「そうだよ。よくわかったな」
「カンだよ、カン」


この人の場合、「野生の」と付け加えるべきだと思うが。太刀川はそれだけ聞くと、「いいこと思いついた」とばかりに口元を緩ませる。それに出水は「あ、ヤバイ」と呟くが、時すでに遅し。


「倉花、模擬戦するぞ」
「は、あたしまだC級……」
「大丈夫だろ、ポイント賭けなきゃなんとかなる」
「適当すぎんだろ!」


「……ご愁傷様」という出水の声をバックに、御琴は太刀川に腕を引かれて無理矢理ブースへと押し込まれた。あいつ、絶対許さん。









「倉花ダウン」


仮装戦闘モードの部屋に流れた、アナウンス。それによって、離ればなれになっていた御琴の首と胴体はすぐに修復された。


「……さすがに強いな。A級1位は」


先程から、開戦数秒でやられてばかりだ。「倉花ダウン」というアナウンスを、一体何度聞けば良いのだろうか。これでは、修のことを言っていられない。


「悪くはないが、行動に移すのが遅すぎだな。迅の奴、トリガーの扱い方だけ教えてたな」
「……期間が期間だったからな」


なるほど、あたしが迅の弟子だってことはもう知れ渡ってるのか。でも、いつの間に?

多少疑問に思いながらも、御琴は「でも」と続ける。迅には、本来やるべきことがあったのだ。それもおそらく、未来に関係すること。それを承知で、迅は御琴の特訓を引き受けてくれた。だから、高望みはしてはいけない。この力の差は、仕方のないものなのだ。

そんな御琴を、太刀川は格子状の瞳で見据えていた。


「……お前、近界民なんだってな」
「A級は知ってるんだな。そうだよ。お前らは知らないところだろうけど」


迅に最初会ったとき、迅は《脳内魔導機器》のことを知らなかった。だから恐らく、ここの世界は御琴のいた世界の情報がないのだろう。だからといって、簡単に教えたりはしないけれど。


「お前って、強いのか?」
「まあな。これでも、吉祥寺高校の精鋭、英雄チームに入るくらいには」
「そうか。なら……」


その瞬間、御琴の首がとんだ。




「お前の仲間も、たいしたことないな」




頭を鈍器で殴られたような衝撃が、御琴を襲う。止めろ。それ以上喋るな。うるさいくらいに赤信号が鳴り響く。


「俺にとってお前は、圧倒的に弱い。それでお前が"強い"なら、その英雄チームとやらも当然"弱い"ことになるな」


弱い。英雄チームのみんなが、弱い。真之介が。群青が。白が。キリが。洋介が。陽見が。あたしが。全員、弱い。


「ちょ、太刀川さん! それは言いす」


ぎ、と出水が言う前に、太刀川の首と胴体は離れた。「太刀川ダウン」とアナウンスが流れる。


「……倉花?」


太刀川に対して1点を獲得したにも関わらず、御琴は太刀川の首を斬ったばかりの孤月を持って立ち尽くしていた。その瞳はいつものような生き生きとした目でも、ギラギラと光る野性的な目でもない。何も写さず、光もない、絶対零度の眼差し。


「ぶっ殺す」


今ならまだ間に合う、だから戻ってこいと、御琴のなかの御琴が叫ぶ。だけど、体は言うことを聞かない。あふれでる熱に身を任せ、孤月を振るった。英雄チームの仲間を貶したことだけは、絶対に許さない。


「……やっとやる気になったな」
「え、太刀川さんもしかして」


あの煽りは、全部わざと? やばい、スイッチ入っちゃったよこの人。ギャラリーで一部始終を見ていた出水は、その眉をピクリと動かした。









奇跡というものは、そう何度も起こらない。御琴にとって先程のあれはまさに奇跡だったのだろう。


「倉花ダウン」


もう何度目かわからないアナウンスに、御琴はその場に座り込んだ。

負けた。英雄チームが弱いことが、証明されてしまった。


「……っ」


御琴がここで足掻いたところで、太刀川と御琴の間に開いた戦力差は変わらない。何せ、太刀川は御琴の何倍もの時間をトリガーに費やしてきたのだから。つい一ヶ月前にひょっこり現れて扱い始めた御琴とは話が違う。《脳内魔導機器》でも使わない限り、太刀川に勝つことは不可能だろう。


「これでわかっただろ。お前は弱い。そして、お前の仲間も弱い。俺に瞬殺されるくらいには弱い」
「そんな弱い弱い連呼しなくたって、こっちはわかって……」
「でも、それはトリガーを使ったときの話だ」
「……は?」


思わず、顔をあげた。


「倉花のいた世界のトリガーとここのトリガーは、全く別物だろ? なら、トリガーで弱くて当然だ」


だから、御琴がここで負けても、そもそもの使う獲物が違うのだから、それで英雄チームが弱いと決めつけられることはない――と、太刀川は言う。つまり先程のあれは、すべて演技だったのだ。力の差は仕方ないと、半分諦めていた御琴を本気にさせるための、演技。


「けど、トリガーで倉花が弱いことに変わりはない。孤月の扱い方も、まだ基礎の基礎だ」


「ゲームで言うと、勇者が旅に出て村の近くのスライムと戦う辺りまでのレベルだ」と、太刀川はあまりよくわからない解説を付け足した。


「だから、俺がラスボスまで連れていくことにした」
「……はあ?」


御琴が気の抜けた声を漏らすと、ギャラリーで聞いていた出水も「……え」と目を見開いた。


「A級1位に教えてもらう経験なんて、そうないからな。感謝しろよ」
「はああああ!?」


あまりの展開の速さに、御琴の頭はパンクした。
君にとってのベターなチョイス



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