1月8日。ボーダー正式入隊日。遊真、千佳、御琴の三人は、今日からC級隊員となる。
まずはB級に上がることを目指し、そこで三雲隊及び玉狛第二を結成。さらにそこからA級を目指し、遠征部隊選抜試験を受けて千佳は兄と友人を探しに、御琴は故郷を探すということだった。
そして、今日がその第一歩となる。
「ボーダー本部長忍田真史だ。君達の入隊を歓迎する」
立派な壇上に上がって、ボーダー本部長が挨拶をする。御琴にとってはどうでも良い内容だったので、全て聞き流していたが。
「私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」
とくに何の変哲も無い言葉。だがその言葉一つで、C級隊員たちはわかりやすくざわついた。「本物だ……!」と驚く者。「きゃー」と黄色い声を出して頬を染める者。反応は様々だ。
「嵐山……? ああ、あいつか」
三週間ほど前に、玉狛支部の周辺で出会った青年。御琴のクラスメイトでもある出水と出会ったのもこの時だったが、まさかこんなに名が知られているとは。
「ミコト、知ってるの?」
「まーな。あの嵐山って、そんなに有名なの?」
「オサムが前に、アラシヤマさんは"こうほう"なんだぞって言ってたぞ」
"こうほう"。色々と意味はあるが、この場合で使われるのは"広報"だろうか? つまり、ボーダーの顔だ。それならば、この周囲の反応にも納得がいく。
「あーあ、喜んじゃって……素人は簡単でいいねえ」
「……? なあ、それどういう意味?」
丁度遊真と御琴の隣にいた青年三人組に、遊真が興味を示したのか問う。
「無知な人間は踊らされやすいって意味さ。嵐山隊は宣伝用に顔で選ばれたやつらだから、実際の実力は大したことないマスコット隊なんだよ」
「ボーダーの裏事情を知ってる人間にとってはこんなの常識」と得意げに語る三人組だったが、遊真はその言葉に疑問を覚えた。
「……ミコト、今の話って本当か……? ウソは言ってないっぽいけど……」
「なわけねーだろ。嵐山隊の実力が大したことないに入るなら、あたしらはゴミかクズになるな」
嵐山隊の実力は本物だ。でなければ、同じA級隊員の三輪と出水と互角に戦えるはずがない。しかも、その上で勝利を収めたのだ。
彼らの言うことはおそらく、誰かの言った悪質な嘘が何らかの形で彼らの耳に入り、それを本当のことだと思い込んでしまったのだろう。嘘を言っている自覚がないから、遊真のサイドエフェクトにも反応しない。無知故に踊らされているのはどちらなのか。
「これから入隊指導を始めるが、まずはポジションごとに分かれてもらう。攻撃手と銃手を志望する者はここに残り、狙撃手を志望する者はうちの佐鳥について訓練場に移動してくれ」
遊真と御琴は攻撃手なので、必然的に千佳だけが一人で行くことになる。付き添いで来た修も、これ以上は一緒に行けない。「一人で大丈夫か」と確認する修に、千佳は「平気」と頷く。
「ったく、遊真も三雲修も、雨取に優しすぎんだろ。あんたらは雨取の母親かっての」
「そう言うミコトも、さっきの新3バカから一番遠くなるようにチカを並ばせてたよな」
「ぐっ……うるさい遊真!」
いつの間に仲良くなっていたのだろう。小突く御琴と遊真に、修は少しだけ驚いた。
「各自、自分の左手の甲を見てくれ」
C級隊員たちの左手の甲には、「1000」という数字が書かれていた。それは自分のトリガーをどれほど使いこなしているかを表している数字で、それを「4000」まで上げることが、B級隊員へ上がることの条件だ。遊真と御琴のポイントはまだ1000だが、希に仮入隊時に高い素質を認められた者として、1000以上のポイントからスタートすることがある。その例が先程の3バカなのだが、一体どれほどの実力なのやら。
それからすぐに、訓練場への移動を始めた。途中嵐山隊の木虎が修や遊真と何やら話していたが、特に興味も無い。
「さあ、到着だ。まず最初の訓練は……対近界民戦闘訓練だ。仮装戦闘モードの部屋の中で、ボーダーの集積データから再現された近界民と戦ってもらう」
まさかのオリエンテーションでいきなりの戦闘訓練。この場にいるC級の中で一度でも戦闘を行ったことがあるのは、ごくわずかだ。木虎いわく、これでその人物の実力がある程度わかるらしい。
「でも、相手はただのバムスターみたいだな。しかも、あたしが会ったのとは少し違うみてーだけど」
「訓練用に少し小型化してあるみたいだからな。ミコト、どっちが先にやる?」
「あんたが先にやりなよ。こんな機械相手じゃ、大して面白くもなさそうだからな」
「そうか、わかった」
制限時間は5分。早ければ早いほど、評価点は高くなる。手段は問わず、とにかくあの近界民を倒せば終わりのようだ。ちなみに、今現在の最高記録は58秒。あの3バカのリーダー格の人物だ。
「5号室用意」
「始め!」というアナウンスと共に、それは音もなく行われた。
「0.6秒……!!?」
それは現在どころか、過去最高記録だった。今までの記録は、最高4秒。当然ギャラリーはざわつく。アナウンスでさえも、動揺を隠しきれていないようだ。
「記録、0.4秒」
「ちぢんでる!?」
それでもやり直せとギャラリーが抗議した結果が、上記だ。
「ちょっと遊真。あんたがやりすぎたせいで、後からやるあたしがショボく見えるじゃねーか」
「あれ、大して面白くもなさそうじゃなかったの?」
「うるせ」
遊真と入れ替わりで、御琴が訓練室に入る。目の前にはコンピューターで再構成された近界民。
「5号室用意、始め!」
「……っはは」
御琴の瞳の色が、変わる。その狂気に満ちあふれた双眸が、ギラリと光る。アナウンスが流れるなり、御琴はその手に持った孤月を思い切り投げた。
……は?
ギャラリーにいる皆が、そう思った。バムスターは装甲が特に堅い近界民なので、当然孤月を投げても致命傷にはならない。せいぜい傷口からトリオンが溢れ出す程度だ。では何故、彼女は孤月をわざわざ投げたのか。
だが御琴の奇行は、それだけでは終わらない。孤月が近界民に突き刺さるなり、今度はそのまま走り出した。ある程度の所まで来ると、思い切り地面を蹴る。上手く弧月へ飛び乗った御琴は、次に弧月を踏み台として更に上へ跳ぶ。
「終わりだクソ近界民」
近界民の弱点に、御琴の蹴りが炸裂した。瞬時にサイドエフェクト、トリオンキャンセラーによって近界民のトリオンが分解される。
「記録、7秒」
再度、ギャラリーがざわついた。
「どーよ遊真」
「意外だな。ミコトならもう少し派手にやると思ったけど」
「あれ以上派手にやって機械でも壊したらどうすんだよ」
「でも、やっぱ時間かかっちまったな〜」と笑う御琴に、ギャラリーはもう何も言わなかった。
「……なるほどな」
突然かかった、第三者の声。
「風間さん。来てたんですか」
「風間……?」
風間。御琴の記憶が正しければ、彼もまたA級隊員の一人だった。遊真と同じスコーピオン使いで、スピード特化型。彼の率いる風間隊は、隠密行動に優れていると聞いたことがある。
「訓練室をひとつ貸せ、嵐山。迅の後輩とやらの実力を確かめたい」
迅というのは、間違いなく迅悠一のことだろう。その後輩となると、遊真か、御琴か。
「おれは別にやってもいいよ」
「あたしも文句はねーけど」
「ちがう、そいつらじゃない。俺が確かめたいのは……」
風間が、ギャラリーの方へ視線を移す。
「おまえだ、三雲修」
天才の天才による天才のための演舞