2月14日。バレンタイン当日。


「遊真ー」


ボーダー本部にて、御琴は前を歩いていた遊真を呼び止めた。


「何だ? ミコト」


くるりと振り返った彼の腕には、大量の箱や袋が抱えられている。中から甘い香りが漂ってくる限り、恐らく中身は菓子類だろう。どれもレースやリボンなどで可愛らしくラッピングされており、女子力満載といった感じだった。


「えっ、なにその大量のお菓子」
「さっきB級ブースを歩いてたら貰った」
「誰に?」
「わからん」


それでも断るのは相手に失礼だと思い、貰ったとのこと。遊真自身は15歳だが、身体は11歳のまま成長は止まっている。しかも生まれつき童顔な故に、世間一般的には十分「かわいい」の中に入ってしまっているわけで。


「…………」


お姉さま方が数人できゃーきゃー言いながらかわいいと菓子を渡す姿が、容易に想像できてしまう。何ということだ。とんでもない年上キラーじゃないか。


「……ま、別にいいけど。はい遊真、ハッピーバレンタイン」
「! ミコトもくれるのか。これはこれは」


「しかし、何で今日はみんなお菓子くれるんだ?」と疑問に思う遊真に、「バレンタインだからだろ」と教えてやる。


「2月14日は好きな人にチョコをプレゼントする、バレンタインデーっていう日なんだよ」
「ほうほう、ならおれもプレゼントしないとな」


そう言うと遊真は、自らのズボンに手を入れてごそごそと漁った。数秒後に遊真が手を出すとその掌に乗っかっていたのは、小さな飴玉だった。駄菓子屋などでよく売っている、何の変哲もない、ただの飴玉。


「ハッピーバレンタインだ、ミコト」


白い歯を見せて笑う遊真に、御琴はやれやれとその飴玉を受けとる。バレンタインに贈り物をするのは、女だけだって言うのを忘れてたな。


「……まあ、あたしは宇佐美サンに半強制的にやらされてるだけだけどな」
「ふうん、ミコト、つまんないウソつくね」


遊真の言葉に御琴は少しだけ耳を赤く染めると、「勝手に言ってろ」とその場を離れる。

さて、ホワイトデーはどうしようか。









「あ、いたいた。おーい、出水公平ー」


本日二人目のターゲットはというと、ボーダー本部内の食堂にて、テーブルに顔を伏せて泣いていた。実際涙こそ出ていないが、「何だよ……ちくしょう……」とぶつぶつ一人で呟いている。彼の目の前には大量の可愛らしくラッピングされたチョコレートが積み重なっており、今にも倒れそうだ。


「……良かったじゃねーか、チョコたくさんもらえて」
「ちげーよ! これ全部京介の! こんなかに俺のなんてひとつもねーよ!」


「お前に別の奴のチョコ託された俺の気持ちがわかるか!?」と半泣き状態の出水の前の席に座って「あーはいはい」と適当に返事をしておく。だがその反応が逆に癪に触ったのか、「もうお前なんか知らねー!」と再びテーブルに顔を伏せてしまう。


「……ってか、そんなにお前チョコが欲しいのかよ?」
「欲しい!」


見事な即答に、御琴はため息をついた。


「……あーあーどうしよーチョコ作りすぎちゃったー」


前から聞こえた、御琴の声。恐ろしく棒読みだが、それでも今の出水は「チョコ」という単語に反応してしまう。


「どこかに貰ってくれる人いないかなー、できればA級一位射手の人がいいなー」


ガバッと出水が起き上がると、御琴は片手で綺麗にラッピングされたチョコレートを持ち、こちらを見据えていた。照れるわけでもなければ、優しく微笑むわけでもない。堂々とした姿勢が、御琴らしさを物語っていた。


「ハッピーバレンタイン、出水公平」


ここに来てようやく少しだけ微笑んだ御琴に、出水は自分の顔が一気にぶわあぁと熱くなるのを感じた。

え、ちょ、なに、待って。こいつ、こんなに可愛く笑えたっけ?


「倉花……」
「さて、あたしは次があるからもう行くぞ。せっかく作ったんだから、味わって食えよー」


まさかの手作り!? 廊下へと消える御琴の後ろ姿を、出水は呆然と見つめる。


「…………」


やばい、食べるのがもったいなさすぎる。









「……なんであんたは屋上にいんだよ、迅悠一」


あと一歩踏み出せば簡単に落ちそうなくらいの所で、迅は立っていた。足元には大量のチョコレートやら何やらが置かれている。こちらは出水とは違い、はっきりと「迅さんへ」と可愛らしい丸文字で書かれたメッセージカード付きだ。さすがは本部の有名人。


「あれ、御琴。どうした? こんなところに」
「ったく、白々しいな。どーせサイドエフェクトで予知してたんだろ?」
「はは、ご名答」
「……」


ふと、胸に靄がかかったような違和感。笑顔が、少しだけぎこちなかった。そんな迅の足元を見てみる。そういえば彼は、貰い物を簡単に床に置くような人物だっただろうか?


「……もしかして」


ゆっくりと、御琴はプレゼントに手をのばす。だが次の瞬間、その手はパシッと迅に掴まれた。どことなく、焦っているようにも見える。


「駄目だよ、触っちゃ」
「っ……おい、これって……!」


迅のこの反応。この箱の中身がどうなっているのかは、容易に想像がついた。迅は「あー……」と目をそらすと、掴んでいた御琴の手を放す。


「……ま、実力派エリートにも、誰かに恨まれることくらいあるってことだよ」


未来視。だがそのサイドエフェクトで見れる未来は、あくまで可能性でしかない。別の未来に変わる可能性も、十分にある。それが原因で、人間関係のいざこざに巻き込まれたこともあっただろう。彼氏と上手くいかなかった。仕事で行き詰まった。辛いことは皆、誰かのせいにしてしまいたくなるものだ。それら全てをわかった上で、迅はあえて受け入れた。


「……バカだな、あんた」
「おれもそう思う」


「はは」と乾いた笑みを浮かべる迅に、御琴は今手に持っているチョコレートを渡すべきかどうか、少しだけ迷っている。


「……迅悠一」
「? 何?」


えい。そう言って、御琴はチョコレートを一粒、迅の口の中に放り込んだ。一瞬迅は目を丸くしたが、すぐにモグモグと口を動かす。チョコレートの甘い味に、チョコレートの甘い香り。それらすべてが、口の中で踊る。


「どうだ? 美味いか?」


ごくり。チョコレートを上手く飲み込むと、迅は「美味しいよ」と言って御琴の頭を撫でる。その反応に、御琴は小さくよっしゃ、と呟いた。


「御琴」
「ん?」
「ありがとう」
「……ああ!」


少し照れたように御琴が笑うと、迅も釣られて笑みをこぼす。その顔からは、先程のような乾いた笑みは消えてなくなっていた。

ごめんな、迅せんせー。あたしはまだ、助けてあげられないけど、でもいつか、あたしが迅せんせーを守ってあげるから。

迅への精一杯の言葉を、御琴は声には出さずに大声で叫んだ。
2016年バレンタイン大作戦(後編)



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