prologue

十歳で、殺す恐怖を知った。頬にはべちゃりと鉄臭い液体が付着し、床に視線を落とすと、それと同じにおいのする赤い水溜まりが、何かに弾かれたように乱れながら跡を残している。目で追っていくと、行き着いたのは女の子だった。昨日、スープを分けてくれた、優しい女の子。

周りの大人は、やれ「素晴らしい」だの、やれ「成功だ」など、耳にキンキンしてすごく五月蝿い。でも中には、「怪物だ」なんて云って蔑んでくる人もいる。あたしは、そんな大人が大嫌いだった。




十二歳で、楽しさを知った。他の子達はもうとっくにいなかったから、今ではあたしが最年長だった。みんな、とてもかわいい子達ばかりだ。あたしが帰ってくると、必ず全員で出迎えてくれるし、あたしが寂しいときは、ぎゅっと飛び付いてきてくれたりもした。

みんな、いい子。弟や妹みたいな子達。あたしは、そんな子達が大好きだった。




十三歳で、死なれる恐怖を知った。あたしが命令に背いたり失敗したりすると、あたしじゃなくてあの子達が順番に殺された。助けて、助けてって喚きながら、死んでいった。痛いよ、痛いよって泣き叫びながら、死んでいった。

やめて。やめてよ。悪いのはあたしだ。あたしに直接やればいいじゃないか。何度も叫んだ。何度も暴れた。結果、何も変わらなかった。あたしは、そんなあたしが大嫌いだった。




十五歳で、友達を知った。あたしが派遣された先にいた、あたしよりも一つ上の男の子。ずっと彼の師匠に鍛えられていて、あちこちに傷がある。ちょっと痛そう。それでも、彼はあたしの話を聞いてくれた。仕事の愚痴など、彼にとっては至極くだらないようなことでも、黙って聞いてくれた。彼の怪我の手当てをするその時間は、あたしにとっては一つの楽しみになっていた。

いつしか、あたしと彼はよく一緒に行動するようになった。行動と云っても、あたしが一方的に彼の後ろをひょこひょことくっついて回っているだけで、稀に「五月蝿い」だの「鬱陶しい」だの「目障り」だのよく云われていたが、たいして気にもしていなかった。あたしは、そんな彼が大好きだった。

大好きだった、のに。




十七歳で、裏切りを知った。

十七歳で、憎しみを知った。

十七歳で、悲しみを知った。





だからあたしは、眠らない。影踏み少女は、眠らない。
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