東の呪い屋



 おくるみの中でぎゃあぎゃあと泣く赤子を見て、ファウストはなるほど強い呪いだと感心した。
 呪いを専門とするファウストをもってしても、赤子にかけられたそれを解くにはあと百年は必要になるだろう。そしておそらく、その百年を待たずして赤子は死ぬ。事故か、あるいは自死で。

 それくらい強い呪いだった。自然からの祝福というものは。
 強いて名をつけるとすれば、きっと愛の呪いだろう。人や魔法使い、動物や精霊、大地や花、そして月ですらも、この世に存在する全てが彼女に魅了され虜となる。祝福の名のもとに歪められ、行き過ぎた愛情は当人にとっては厄災でしかなかった。
 この赤子はこの先、愛故に万物から好意を向けられ、愛故に万物から敵意を向けられる。そういう星の元に生まれたのだ。それを世界からの呪いと呼ばずに何と呼ぶか。

 ファウストは僅かばかり目を伏せると、その赤子をそっと抱き上げた。昔、生まれた子に聖者の祝福をと同志が連れて来た子にしてやったのと同じように。
 不思議なことに、赤子はファウストに抱き上げられるとすぐに泣き止んだ。自分以外の生物が物珍しいのか、はたまた己の親にしてもらった記憶を思い出しているのか、ふにゃふにゃとパンのような手をファウストの顔に伸ばしている。

 そこでファウストは、赤子の体を包んでいるおくるみを見て目を見開いた。上質な生地の端にひっそりと施された刺繍のマークに見覚えがあったからだ。
 火刑に処された時のことは今でも鮮明に思い出せる。その時最前列でありもしない罪を読み上げた男の顔も、その剣に刻まれていた家紋の形も。


「――は、はは……はははは」


 ファウストの口から乾いた笑いがこぼれた。だって、星の巡りがあまりにおかしなものだったから。

 魔法使いは嘘つきだと、魔法使いは賤者だと声高らかに宣言した男の子孫に、あろうことか魔法使いが生まれるだなんて。
 だから、この赤子は捨てられたのだ。魔法使い差別主義の家から魔法使いが生まれたなんて、公表しようものならいい恥晒しだ。それゆえ決して人が拾ったりしないようわざわざ人嫌いの住む東の国までやってきて、一度入れば戻ってこられないと曰く付きのこの谷に置いて行った。

 じたばたと動く赤子の手のひらにファウストが指を当てると、赤子がきゅっとその指を握った。なんてことはない把握反射だ。ファウストにとっては、実に数百年ぶりの他者との握手だった。
 赤子を抱えたままファウストがくるりと引き返すと、木々の間から様子を伺っていた精霊が顔を出す。彼らは言語という形を取っていなかったが、何を伝えたいのかだけはファウストにははっきりと分かっていた。


「悪いが、この子は僕が預からせてもらう」


 精霊に弄ばれるだけの人生になんてさせるものか。

 世界がこの子に呪いをかけた分だけ、自分もこの子に呪い祝福を授けよう。この子がやがて石になるその瞬間まで。

 そしてその石を持って、あの男の墓の前で笑ってやるのだ。お前の子孫は、お前が卑しいと蔑んだ魔法使いは、こんなにも立派に成長し、生を謳歌していたぞ、と。
 その時やっと数百年に渡る怨嗟が晴らせるのだと、ファウストは信じていた。


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