ふと顔を上げると家が見えてきた。うっとりとするような静けさが破れ、一気に鼓膜へ各家庭のテレビや人の話し声が刺さってくる。
「シュウヤくん」
「ん?」
「もうここまでで大丈夫だよ」
「そうか」
「一緒に来てくれてありがとう」
「気にするな」
シュウヤくんの手を離すと、途端に手のひらが熱を失い冷えていく。私はシュウヤくんに1歩近付くと、その頬を両手で包みこんだ。シュウヤくんの頬は冷たい。でもそれは私も同じ。
そっと顔を近づけて、おでことおでこ同士をくっつけた。彼の綺麗な目が至近距離にある。その目がちょっと驚いて丸くなったが、すぐに眩しい光を覗き込むかのように細くなった。その薄い唇には、ひっそりとした笑みが浮かんでいる。
「おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ」
囁くようにさよならの言葉を言うと、同じくらい小さな囁きを返された。ゆっくりと顔を遠ざけて、彼から離れていく。玄関のドアノブに手をかけて、肩越しに振り返ると、まだシュウヤくんはそこに立っていた。なんだかくすぐったくて、すぐに家の中に入ってしまう。
母にただいまの挨拶も忘れて2階の自室に上がり、カーテンの隙間から彼の姿を見下ろす。シュウヤくんはしばらく玄関を見つめていたが、ゆったりとした足取りで暗い道路の奥へと歩いて行く。街灯に彼の姿が照らされ、その影が細長くアスファルトへと伸びていた。
「おやすみなさい」
もう一度小さな声でそう言うと、シュウヤくんが微笑んだ気がした。彼は私に背を向けているから、微笑んだってわからないのに、なんとなくそう思ってしまった。
ふわりと雪の破片が窓を通して、私の視線の向こうへと落ちていった。真っ白な雪と一緒に、真っ白な彼が遠のいて行く。その姿が消えても、私は静かに道の先を見つめていた。
――あぁ、今夜も雪がふる。
【END】