事故だったの、唇がぶつかっただけの

「こんにちはドナ。ハーヴィーは今大丈夫かしら?」
「あらニーナ。いつもの?ええ、大丈夫よ。」

 ある日の昼、私はハーヴィーへ届け物をするため事務所へやってきた。朝早くに電話を寄越し「緊急で必要な本のリストをメールで送った。午後までに持ってきてくれ。」とのことで、慌てて本を探して持ってきたのだ。ガラスの扉を開けて彼の個室に入ると、ハーヴィーはソファに座って難しい顔をしながら書類に目を通していた。
 私は近くの図書館に勤める司書だ。蔵書数はNY内でも随一、さらに有料で個人司書によるチョイス・配送サービスもあり、多忙な経営者や弁護士たちがこぞって利用している。その中で、私はハーヴィーから個人名で指名を受けたのだ。彼は超多忙かつ傍若無人で人使いの荒い人だが、仕事だからと割り切って頑張っている。

「ハーヴィー、ご依頼のものを持ってきたわよ。」
「あぁ。」