みみが成人して間もなく、マムはプレートで働くことを勧めた。それは彼女の才能をさらに広い世界で開花させるためだった。
「スラムだけが世界じゃないよ。もっと色んなことを経験してきな」
その言葉に背中を押され、みみはウォールマーケットを離れて八番街プレートにある小さなバーで働き始めた。店は、大通りから一本裏に入った隠れ家的な場所にあり、知る人ぞ知る落ち着いた雰囲気が特徴だった。常連客には、企業の重役やVIPたちも混じっていた。彼らは表向きの豪華な世界を離れ、静かに過ごせる場所を求めて訪れていた。
みみの最初の仕事は、緊張と期待が入り混じるものだった。しかし、彼女の魅力と手際の良さはすぐに客たちの心を掴んだ。
「お嬢さん、初めてにしては大したもんだ」
「ありがとうございます」
にこやかに微笑むみみのラベンダーの瞳に、客は思わず見惚れた。彼女の振る舞いは一つ一つが丁寧で品があり、ただの美貌だけでなく内面から溢れる自信が、彼女を一層輝かせていた。
間もなくして、みみは店の看板娘となった。彼女が立つだけで、店の雰囲気が変わるようだった。複雑なカクテルを作る手さばきも鮮やかで、客一人一人に寄り添う柔らかな接客は誰にも真似できないものだった。
「あの子がいるからこの店に通うんだ」
「そうだな。彼女の笑顔を見ると、疲れが吹き飛ぶよ」
そんな声が常連客の間で交わされるようになり、店はさらに賑わいを見せた。
***
みみの評判は瞬く間に広がり、彼女に魅了された富豪や企業の社長たちから縁談を持ちかけられることも珍しくなかった。
「君のような女性を妻に迎えたい」
「僕のところに来てくれるなら働かずとも苦労せずに暮らしていけるよ」
そんな申し出が後を絶たなかったが、みみはいつもにこやかに断っていた。
「ありがとうございます。でも、今は私働くことが好きなんです」
その答えに、不思議と誰も不快な顔をしなかった。マムの元で培った強さと自立心が、みみを縛りつけるものから解放していた。彼女は誰かに守られるだけの存在ではない。自分の足で立ち、自分の人生を歩むことに喜びを感じていた。
***
ある夜、八番街プレートの隠れ家バーはいつも以上に静かな空気に包まれていた。常連たちがグラスを傾ける中、カウンターの一角には見慣れない男性が腰を下ろしていた。白いスーツを身にまとい、金色の髪を整えたその姿は、ひと目で只者ではないことを物語っていた。
みみはその存在感に気づきながらも、いつも通りの笑顔で声をかけた。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
その瞬間、男性――ルーファウス神羅は軽く視線を上げ、みみの紫の瞳を正面から捉えた。彼は一瞬、目を細めて興味を示したようだったが、すぐに普段通りの冷静な表情に戻った。
「……適当に君のおすすめで頼む」
その落ち着いた声に、みみは微笑みながら軽やかに動き、カウンター越しでグラスとシェイカーを手に取った。絶妙な手際でカクテルを作り上げ、静かに彼の前に差し出す。
「では、こちらをどうぞ」
ルーファウスは一口飲み、ふと小さく笑みを浮かべた。
「悪くない」
「ありがとうございます」
短いやり取りの中で、みみの自然体な対応と柔らかな雰囲気が、ルーファウスの中に何かを残した。それは彼自身も言葉にはしづらい感覚だった。
***
それから数日後、みみの元に一本の連絡が入った。発信元は神羅カンパニー――世界を支配する大企業だった。驚きながらも電話を取ると、先日のバーに訪れた男性、ルーファウス本人からだった。
「先日は楽しませてもらった。ところで、君は秘書の仕事に興味はないか?」
みみは耳を疑い、しばし言葉が出なかった。しかしルーファウスの声は淡々としていながらも、彼女に拒否する余地を与えないような確信に満ちていた。
「私の元で働いてみないか。君にはその価値がある」
その言葉に、みみは一瞬躊躇したが、自分に訪れた新たな道を見逃すべきではないと感じた。そして数週間後、彼女は神羅カンパニーに入社。副社長専属の秘書として、ルーファウスの元で働き始めたのだった。
***
入社初日、みみは緊張感を押し殺しながら、ルーファウスのオフィスに足を踏み入れた。大きな窓からミッドガルの景色を一望できるその部屋は、神羅カンパニーの権威を象徴するような豪華な空間だった。
「ようこそ、みみ。今日から君は私の秘書だ」
机越しに立ち上がったルーファウスが微笑む。その目は冷静さの中に、どこか期待するような光を宿していた。
「はい、よろしくお願いします」
みみは真っ直ぐに彼の目を見つめ、軽く会釈をした。その堂々とした態度に、ルーファウスは満足げに頷く。
こうして、スラムの片隅で拾われた孤児だったみみは、世界の頂点に君臨する企業で、そしてその副社長のすぐ傍で新たな人生を歩み始めたのだった。