02.



さよならに近い言葉を受けて、その場に崩れ落ちて。
どこにも行けず、抜け殻のように過ごした。
幸いにも、古参の構成員さんー組長さんの古い仲間たちはとても優しくて、
目に見えて元気のない私をいつも気遣ってくれた。


「きっと、落ち着いたらまたいつもの治崎になるさ」
「今はオヤジが倒れて、ちょっとおかしくなってんだ」

口々に慰めてくれる、おじさんたち。
そう・・・だよね。
きっと、また優しい治崎さんに会える。
そう思っていた。






あの日が、来るまでは。







全てが壊れた、あの日。









治崎さんは、私には知らせずに怪しい薬のシノギを始めていた。
しかも、組長・・・ひいては私の縁者にあたる、壊理ちゃんを使って。

それを私が知ったのは、屋敷でとある話を耳にしたからだ。

「・・・どうも、近々ガサ入れがあるらしいぞ」
「あァ、治崎の野郎・・・」
「地下で何やってんのか、オヤジが聞いたら・・・」

「なん、ですか。ガサって」

「・・・!シズクちゃん、こいつぁ・・・」

私はおじさんたちに詰め寄って、詳しく話してと頼んだ。
最初は話したがらなかったおじさんたちだったけど、
警察が乗り込んできたら同じことだ、と説得した。

全てを聞いた私は、足元から地面がなくなったんじゃないかと思うほどのショックを受けた。

「・・・まさか、治崎さんが、そんな・・・!」

信じられない、信じたくない・・・。
治崎さんは不愛想だけど。潔癖で暴君で。
だけど、心の底は優しい人だ。
そんな人が、小さい女の子を使って、「個性を消す薬」を作ってるなんて・・・









私は気づけば、地下へ降りる通路を探して屋敷中を走り回っていた。

あの日から、治崎さんはおろか、玄野さんの姿も見ていない。
隠し通路があるはずだ。
この屋敷のどこかに、必ずーー











結局、その日一日探しても、治崎さんにたどり着く道は見つからなかった。

「個性、使うしかないよね・・・。」

一応、私にも個性がある。
ただ、全然使い勝手が悪い上に、ちゃんと鍛錬していないからうまくコントロールできない。

範囲制限付きで、全ての物音をキャッチする個性。
ただ、拾うのは声だけじゃない。
物音、音楽、生活音から家鳴りの音まで、すべてを拾ってしまう。
コントロールが効かないから、好きな範囲の会話だけを聞くことはできない。

だけど、もし治崎さんが地下にいるなら。
もしそれが、少人数だけで行動しているなら。

声も物音も、すごく少ないはず。
以前、屋敷の中でほんの少し使ってみたら、ありとあらゆる音に巻き込まれて、危うく鼓膜を破るところだった。
緊張するけど・・・やってみるしかない。

私は意識を集中して、地下をイメージした。
足元にかがんで、できるだけ耳を床に近づける。

地上の音は拾わないように・・・地下、それも、話声だけを。

「・・・っだ、ダメか・・・」

『−−−−』
『廻、そりゃあ・・・』

「!!」

ほんの少し、玄野さんらしき声が聞こえた。
私は再び、意識を集中する。
澄ませ、研ぎ澄ませ。

『・・・確かな情報だ。警察、ヒーローが乗り込んでくる。』
『キップ(捜索令状)が出てるなら、確かでやすね』

ちょうど、今日聞いた捜査のことについてだ!
・・・それにしても、治崎さんの声、久しぶりだ。
低くてマスクで籠ってるけど、落ち着く声。

『戦争だ。』

・・・・!
物騒なワードが、聞こえてきた。
嘘。うそでしょ。
捜査されるようなこと、してないよって、そう言ってくれるのを望んでた。
だけど、今聞こえてきた攻撃的な声は。
間違いなく、治崎さんの声ーーー

ギィン、とハウリングのような音がした。

「っやば、」

個性が不安定なため、こんな風にハウリングを起こすことが間々ある。
爆音の時もあるので、聞こえ始めたらすぐに個性を止める癖がついた。
鼓膜を破りそうになったのも、これが原因だった。

(治崎さん・・・嘘だよって、言ってよ・・・)

私の心は散り散りで、その日は眠れたもんじゃなかった。
心配で、怖くて、




会いたかった。



















(治崎さん、会いたいよ)

(もう私の事、忘れちゃったの?)


会いたくて、さみしくて。
触れてほしくて、たまらない。
突然目の前からいなくなって、
噂話だけが飛び回って。

明日になったら、全部夢だよって、
笑って言えたらいいのに。




















久しぶりに治崎さんの声を聴いた日から、間もなく。

噂通り、ヒーローと警察が屋敷の前に集まっていた。

「シズクちゃんは裏から逃げな!」
「できません、私だけそんなこと・・・!」
「ンなら、せめてオヤジの部屋に!」

にわかに慌ただしくなる屋敷の中で、おじさんたちが私の心配をしてくれる。
組長さんがいる部屋にどやどやと押し込まれて、中からカギをかけるようにきつく言われる。

「何があっても、出てくるんじゃねェぞ!」

そう言って、バタバタと言ってしまう。
それから数秒後、玄関から大きな音が聞こえた。

「・・・始まった・・・!」
組長さんの横に控えて、耳を澄ます。
個性は怖くて使えない・・・戦闘の音なんて拾ったら、間違いなく耳をやられる。
たくさんの足音も、銃の音も。
怒鳴り声も、地鳴みたいな音も。
個性を使わなくたって、聞こえてくる。

治崎さん、治崎さん・・・!
どうか、無事でいて・・・・!!!
神様、お願い、
あのひとを、護って・・・!















強く強く願った。

でも。

その願いは届かなかった。


神様なんて、


いない。

















「・・・おい、いたぞ!」

警察が部屋に入ってきた。
びく、と体を震わせて、組長さんを守るために手を広げる。

「え!?女の子がいるぞ!・・・きみ、大丈夫!?」
「・・・さ、わらないで!!」

手を差し伸べてくれた警察官を振り払い、再び腕を広げる。

「組長さんには指一本、触れさせない!!」
「・・・きみ、何を言ってるんだ!僕たちは警察だ、助けに来たんだよ!」
「うるさい!ここはヤクザの家だ!!警察は私たちの敵だ!!!」

半狂乱になってものを振り回す私に、警察官が声をかけ続けてくる。
連れて行かせるもんか。
治崎さんは、きっと、組や組長さんのために戦ってるんだ。
でなければ、こんなことになるはずない。

泣きながら暴れ続け、取り押さえられるまで、私は抗い続けた。






そして。


治崎さんは、負けた。









ヒーローに負け、拘束されて護送された。






一目会いたかった。



でも、私も拘束されていた。

会いたい、会いたい、治崎さん。

行かないで・・・!







心の叫びもむなしく。

治崎さんは護送され。


そして。























両腕を、失った。