06.
「・・・どういう、ことだ。」
「すいやせん。気付いた時にはもうこの状態で」
「・・・チ・・・」
忌々しそうな顔で舌打ちをする治崎。
補佐である玄野はあまりの不機嫌さにたじろぎつつも、現状の報告を続ける。
治崎の恋人であり八斎會の仲間でもあるシズクは、忽然と姿を消していたのだ。
『ちょっと出かけます。すぐ戻るから。シズク』
「・・・舐めてやがるのか、あの女は」
「置手紙があるとはいえ、少し・・・変です。」
「どう考えても不審だ。探せ」
「手は打ってありやすが・・・何分手掛かりがこれしか。」
「・・・どんな手を使ってもいい。シズクを連れてこい。
嫌な予感しかしない。」
腕を失った治崎を置いて、いなくなるわけがないのだ。シズクという女は。
どんな時も、治崎のことを一番に考えている女だ。
それは治崎だけじゃなく、他の人間もわかっている。
朝食に姿を現さなかったシズクを不審に思い、自室として与えている部屋に治崎が訪ねていくと、
小さなメモに残した置手紙と、持たせていた携帯。
シズクの姿は、どこにもなかった。
「オーバーホール、何かシズクに変わった様子はありやせんでしたか。」
「・・・いや、昨晩もいつも通りだった。」
「本当に用事で出てるならいいんですが・・・」
治崎の胸には、大きな蟠りが引っかかっている。
何かがおかしい。
携帯を置いていくことも、自分に何も告げずに外出することも。
「・・・俺も出る。」
「ダメですよ。アンタはまだマークされてる」
「煩い。これがじっとしていられるか。」
制止する玄野を振り払って、義手の上から手袋をはめる治崎。
ひどく焦っているようで、言い知れない不安が玄野にも伝わった。
(あいつが考えそうなこと・・・なんだ、何を思いついた?)
コートを羽織り、しばらく着けていなかったペストマスクで顔を覆う。
「オーバーホール、せめて変装を」
「・・・」
「いつもの姿でウロウロされちゃァ、俺たちもフォローが遅れやす」
「・・・早くしろ。今すぐ出る。」
「へい」
玄野が急いで持ってきたものは、フードつきのパーカーと細身のジーンズ。
手袋は仕方ないのでそのままにして、ペストマスクは普通のマスクに変える。
眼鏡もかけさせて、いつもの治崎からは想像できないラフないでたちになった。
「・・・おかしくないか、これ。」
「これでしばらく誤魔化せやす。我慢してくだせェ」
「まァいい・・・キーを出せ」
「一人で行くんですか」
「大所帯だと動きづらい。」
玄野は義手での運転を心配している様子だが、治崎は気にも留めずに屋敷を後にした。
「シズク・・・何処に行ったんだ、」
シズクの考えそうなこと。
きっと治崎にかかわる事。
「・・・・敵連合か、あの馬鹿!!」
はたと気づいた治崎は、乱暴に車に乗り込むと急発進をかけた。
シズクの目的はおそらくー
(無事でいろ、シズク・・・!)
逸る気持ちを抑えることなく、治崎の操る車はスピードを上げていった。
「しばらくこいつらと組んでもらうぞ。」
死柄木が連れて来たのは、トゥワイスと呼ばれる男。
それからその後ろに、Mrコンプレスがいた。
(・・・いた!!)
私の目的は、この男だ。
この男が治崎さんの腕を奪い、そしておそらくまだ隠し持っている。
個性は「圧縮」と聞いている。
多分かなり小さくなっているはずだ。
どうにかしてそれを奪い、逃げかえること。
それが私の思いついた作戦。
成功しなくてもいい。
最悪、治崎さんの腕だけ取り返せれば。
「・・・よろしく、」
「オイ!元気ねえな!挨拶は大事だぜ!いい挨拶だ!」
「初めまして、お嬢さん。」
間抜けな挨拶を交わして、ちらりとMrを盗み見る。
奇術師かぶれの恰好。
衣服にはポケットがたくさんあるし、隠す場所は多そうだ。
ーならば、やっぱりあの手しかない。
私は何とか気持ちが焦るのを誤魔化して、トゥワイスとMrと共に行動することになった。
幸い二人とも、私の出自には興味がないみたいだ。
八斎會の名前が出ることもなく、死柄木も姿を消した。
まさかこんなに早くターゲットに会えるなんて。
私はその裏の意味まで読まずに、呑気に稚拙な作戦の成功を確信し始めていたーー
いくつかの用を3人で済ませた後、アジトの一室でトゥワイスと2人になった。
行動するなら今だ・・・!
私はトゥワイスにす、と近寄り声をかけてみる。
「あの、トゥワイスさんて、すごく・・・鍛えてるんですね。」
「お!わかるか!?鍛えてない!」
「すごい腹筋。腕も・・・」
つ、と指を添わせてみる。
ぴく、と体を強張らせているのがわかった。
よし、いけそう。
「私、こんなに逞しいからだ・・・見たことないな」
「シズクちゃん、何を・・・、エロイな、盛ってんのか!」
戸惑う言葉と、受け入れる言葉。
「そんな、恥ずかしい・・・です、」
目一杯媚びた声で、トゥワイスを見上げる。
顔まで覆うマスクのせいでよくわからないが、生唾を飲み込む音が聞こえた。
「よ、よせよ。・・・ヤらせてくれんのか!なあ!」
「私の体も、見て・・・みますか?」
ちらりとトップスの裾を持ち上げて見せる。
すごく気持ち悪くて嫌だったが、背に腹は代えられない。
それに、我ながらなかなかの演技だ。
「・・・シズクちゃん!」
「きゃっ」
トゥワイスに組み敷かれて、トップスをはぎ取られる。
胸を揉まれて鳥肌が立ちそうになったが、わざとらしく喘いで誤魔化した。
「あっん、素敵・・・ふぁあ」
「エロ過ぎる!久しぶりのオンナの体だ・・・!」
あんあんと声を上げる自分を、どこか遠くから見ているような気分だ。
体を弄られながら、意識は遠くに閉じ込める。
治崎さんの手と、全然違う。
気持ちよくなんてない。
あの人に触れられると、痛みですら愛しかった。
あの手を取り戻す為なら、なんだってする。
トゥワイスが私の胸を夢中になって吸っている間に、バッグに手を伸ばす。
この中に、リップ型のとても小さなスタンガンが入っている。
以前治崎さんがくれたもの。
外出の時は必ず持つように言われていた。
(治崎さん、助けて・・・ね、)
気付かれないように頸動脈に素早く押し当て、スイッチを最強に入れる。
「ん”ん”っ!」
「・・・っはぁ、」
汚い声を上げて、トゥワイスは気絶した。
どさりと体を倒してきて、身動きがとれなくなる。
(あ、やばい、抜け出せない)
もがいていると、部屋の扉が開いた。
「!」
そこにいたのは、Mrコンプレスだった。
驚愕した気配がする。
倒れこむトゥワイスと、下敷きになっている私。
「シズクちゃん!大丈夫かよ!」
イレギュラーだったが、いい方に誤解してくれたみたいだ。
すぐに助け起こしてくれて、乱れた衣服を見てマントを貸してくれる。
「・・・まさか、いや・・・大丈夫?」
チャンスだ。
「っぐす・・・」
私は泣き真似をして、顔を覆った。
Mrが慌てるのがわかる。
稀代の奇術師を名乗っていても、女の涙には弱いようだ。
「怖かった、」
「・・・!ご、ごめんな・・・ウチのバカトゥワイスが、」
「Mr・・・」
涙が出たのは、嘘じゃない。
治崎さんじゃない人に触れられて、本当に嫌だったから。
ちゃんとした涙が出たことで、こいつに疑われずに済みそうだ。
すり、と体を寄せてみる。
あまりあからさまじゃなく、体を少し震わせて。
「・・・っ!」
「怖かったの、Mr・・・」
「シズク、ちゃ・・・」
意外と初心な反応を見せながら、こちらに向き直ってくる。
私は相変わらず上を着ていない。
「・・・っ」
ええい、ダメ押しだ。
思い切って抱き着く。
憎しみしかないのにこんなことができる私って・・・
自己嫌悪を感じながら、顔を隠すようにMrの胸に密着する。
「だ、ダメダメ!おじさんをからかっちゃいけないよ!」
「あっ・・・」
ぐい、と肩を掴まれて引きはがされる。
「もっと自分を大切にしなきゃ!ね。」
「・・・Mr・・・」
「さぁ、早く着て。風邪引いちゃうよ」
「・・・」
Mrのコートを体に巻き付けながら、素早く思考を巡らせる。
どうする。どうすれば懐に入れる?
「わたし・・・諦められません・・・」
ぽつ、とセリフを口に出す。
「・・・・え・・・」
「Mr、今夜来てください・・・私、待ってますから。
助けてくれて、ありがとうございました・・・・」
できるだけ悲しそうな視線を残し、その場を後にする。
餌は撒いた・・・あとは、かかるかどうか。
治崎さんの腕のため。
憎いこの男に抱かれてもかまわない。
私の目は静かに燃えていた。心も。