01.



最近、視線をすごく感じる。
仕事帰りや買い物帰り、常に誰かに見はられている気がして振り返るけれど、
いつも誰もいないんだ。

その日も、買い物袋を提げて住宅街を歩いている時に気配がした。

「・・・!」

ばっと勢いよく振り返る。

「・・・いない・・・」

(はぁ、疲れてるのかな・・・早く帰ろ、)

ドン。

「わっぷ」
「あァ、済みません。大丈夫ですか?」

振り向いて歩き出そうとしたら、目の前に細身の男性が立っていた。
気付かずに盛大にぶつかってしまう。

「ご、ごめんなさい!こちらこそ、ケガありませんか?」
「いえ、こちらは大丈夫です。」

マスク姿の、柔和な笑顔を浮かべた目元が涼しげな人だった。
しっかり謝らなくちゃ、こっちの不注意だ。

「後ろを気にされていたようですが、何かあったんですか?」
「あ、いえ」
「不躾でしたね、申し訳ない」

礼儀正しくて、素敵な人だなぁ。
私はぼんやりとそんな事を考えながら、いえいえと手を振った。

「いえ、大したことじゃないんです。」
「・・・そうですか、女性の一人歩きは危ないですよ。気を付けてくださいね。」

にっこりと笑って、マスクの人はでは、と会釈を残して去っていった。

(素敵な人だったな・・・えへへ、なんかラッキー)

スーツ姿の素敵な人。
なんだか得した気分になって、私はルンルンと帰路についた。


















「・・・玄野か」

「・・・あァ、症状が出ない」

「間違いない」

「彼女が俺の、」









「運命の人だ。」



















「あっ、やば!もうないじゃん!どーしよ・・・!」

翌日の出勤前、コンタクトを切らしていることに気付いた。
1人暮らしのアパートで、朝から大きな独り言をわめく私。
私は個性の影響で、極度の近眼だ。
普段はコンタクトを愛用しているが、今日は仕方ない。

「あーあ・・・眼鏡、度が強すぎて可愛くないし、耳が痛くなるし・・・
 すぐ曇るし、いい事ないんだよなぁ・・・仕方ないか、自分のせいだもんね。」

家にひとりしかいないのに、この独り言。
いや、ひとりでいると増えるんだって。本当に。
私は見えない人に弁明して、仕方なく眼鏡をかけて家を出た。

満員電車に乗るから、確実に曇るな・・・

あの瞬間って、急に視界奪われてびっくりするし、拭くのめんどくさいし、ホント嫌い。

胸の中でぼやきながら、私は改札を潜り抜けた。



朝のラッシュは本当に酷い。
女性専用車両なんてものもあるけど、私はいつも一番近くの車両に飛び込んでしまう。
いや、女性だけだからって快適かと言うと、実はそうでもない。
香水臭いし、女性同士だから触れたりすると余計に気を遣うし、
高そうな服着てるOLさんなんて、絶対に近寄りたくないよね。
高価な服を汚したりしたら大変だし・・・私、とんでもないドジだし。

今日も手近な車両に乗り込むと、すぐに後ろから押される。
もっと前へと叫ぶ駅員さんの声も、慣れたもの。
すし詰め、なんてもんじゃない。
押し花になりそうなくらいの気分。

(ああ、苦しいよぉ)

いつの間にか人の波に流されて、一番端に寄って来ていた。
ドアの部分に押し付けられて、もみくちゃになる。

(ドア側、痛いんだよなぁ・・・あ、眼鏡曇って何も見えない。)

拭きたいけれど、両手は上がりそうにない。
会社の最寄駅まで我慢しようと諦めてため息を付くと、ふっと体にかかる力が消えた。

「え?」

視界中人、人だし、眼鏡は真っ白に曇って見えない。
急に空いたのかな。そんなわけないよね。
眼鏡の上からぼやけた視界を確認すると、誰かの広げた腕の中に入っていることがなんとなくわかった。
壁と自分の間の隙間に、私を入れてくれている。

「あ、あの、ありがとうございます・・・?」

もしかしたら助けてくれているわけじゃないのかもしれない。
それでも、一応顔のわからない人に小さくお礼を言っておいた。

「いえ」
「隙間、作ってくれてます?」
「女性は大変ですね、息もしづらいでしょう」
「あ、その声・・・もしかして、昨日の?」
「またお会いしましたね、奇遇だなぁ」

まさかの、昨日の親切な人だった。
低くて丁寧で、人の好さそうな声。
お顔が見られないのが残念・・・。


「あの、疲れませんか」
「平気ですよ、このくらい」

黒いマスクの下で、にっこり微笑んでくれる。
本当に優しくてスマートな人だなぁ。
腕を突っ張ってくれて、しっかり私をガードしてくれているんだ。
密閉空間で息が詰まりそうなのに、この人からほんのりいい香りがしてくる。
ドキドキして、目が合わせられないよ。

「・・・いつも、この電車で?」
「あ、はい。この時間本当に混んでて・・・いつももみくちゃなんです」
「それは大変だ・・・」
「あの、あなたは・・・」
「あァ、治崎です。名乗っていませんでしたね」
「治崎、さん」
「はい。」
「あっ私、漣・・・シズク、と言います!」
「シズクさんですね」

慌ててフルネームを名乗ってしまう。
混乱させたかもしれないと、また視線が泳ぐ。
ネクタイの胸元が、ぐっと近づいてきた。

「・・・少し、押されてますね。苦しくないですか?」
「はい、私は・・・その、治崎さんのおかげで」

じり、と体が近づいてきて、少しだけ頬と胸が触れた。
やばいやばい。近すぎる。

「っち、崎さん、ごめんなさい、よけられなくて」
「いえ、こらえ切れなくて、すみません・・・」

胸から直接、声が響いてくる。
何これ、すごい事になってる・・・!
低くて優しい、素敵すぎる声。
超いい匂いするし。どうしよう!

「・・・」
「シズク、さん」
「っえ、はひ」
「平気ですか?」
「っはいっ!

また心配してくれて、腕に力を込めてくれてる。
どこまで紳士なんだ・・・!

結局治崎さんは私が下りる駅までそうしてくれていて、
人波に流されて一緒に降りた。


「あ、ここですか?駅」
「はい。シズクさんもですか?」
「奇遇ですね、ホント!」

すっかり嬉しくなって、舞い上がってしまう。
改札を出たところで治崎さんと別れて、足取り軽く会社へ向かう。
今日はいい日になりそうだ。