未 我が儘を聞いたなら/オーバーホール裏夢
「海が見たい」
「・・・そうか。」
「山もいいな、涼しくて。」
「・・・分かった。仕事が落ち着いたら連れて行ってやる。」
「ベタだけど遊園地なんてのもいいなぁー。ベタだけど。」
「・・・。」
私の独白的なセリフに律儀に相槌を打っていた彼だけど、最後の方は言葉にならないため息となって宙に消えた。
「・・・シズク、不満があるのは充分伝わった。」
「不満なんて、そんなそんな。」
「・・・はぁ、じゃあ何だ。」
「いーえー、ただの独り言です、夢や希望を織り交ぜた。」
もう一度大きな息が空に溶けて、ワイシャツにネクタイ姿の知崎さんは眉間を押さえた。そんな格好も様になるほどの整った容姿で、漏らしたため息ははっとする位セクシーだけど、今日の私は許してあげない。
私が突っかかっているのにも、ちゃんと理由があるんだから。
つい先日のことだった。
「シズク、まとまった休みが取れそうだ。」
「え、珍しい。どうかしたんです?天変地異?」
「・・・お前は俺を何だと思っているんだ?」
「社畜ヤクザ」
「・・・」
こんなやりとりをしたのは、覚えている。いつでも隙のないワイシャツ姿の彼は、死穢八斎會という指定敵団体の若頭である。私は小間使い兼秘書のようなもので、彼に雇われている。
それから、あまり公表していないけれど、恋人同士でもある。
いつも忙しく、休みなど取れないのが常の彼のスケジュール管理も私の仕事だから、休みが取れそうだなんて聞いて少し驚いてしまったのもある。可愛げのない嫌味を投げつけてしまったけど、大人な治崎さんは大体受け止めて、ちゃんとツッコミまで入れてくれるから律儀だ。
「私の管理しているスケジュールと違いますね?」
「いや、こちらも不測の空きだ。予定していた取引がひとつ延期になったし、その次も大口の取引先に吸収されることになって組み直しだ。」
「そうですか。」
内心はとてもうれしい。だけど、素直に期待できない私がいた。
あまりに過密スケジュールをこなし続ける治崎さんとは、付き合ってから数える程のデートにも漕ぎつけていない。