生き延びること。
それが何より大切で、もういない家族に誓った唯一の約束。
汚れてもいい。血まみれでもいい。

息をして、叫んで、戦って、
何をしてでも、明日を迎えること。

あの時の私には、それ以外何も無かったんだ。













暗くて湿った森の中。
ほとんど崩れかけた小屋の中で、女は息をひそめている。
時刻は、もうずっと前から分からない。
終末を迎えた世界では、時計も時報も消えてなくなったのだから。

床にはアルコールの空き瓶が散乱し、砕けたガラスもそこかしこに散らばっている。
古い木材の匂いと、少しだけ残る酒の匂い。
彼女は破れて原型を留めないソファを壁に立てかけて、できた隙間に身を隠していた。

‐‐ここに潜伏してから、2晩は過ぎた。

‐‐もう何か月も、人に会っていない。



たまに聞こえるうめき声は、今この世界で一番聞きたくない音だ。
意思のない足取りで森を歩く、死者たちの声。

手に持ったナイフを更に強く握りこみ、彼女は周囲を警戒し続けた。
その顔は、何週間も汚れたままで、外を闊歩する者たちと色味はそう違わない。
血やら、泥やら、こびりついた汚れの正体はもう判別できそうにない。
痩せた体からもひどい匂いがする。
それでも、このしけった森の中で、崩れかけの廃屋に存在するには相応しかった。






(死なない)



(絶対に、生き延びる)



(パパ、ママ、お兄ちゃん、)



(約束、守るから)



呪文のように繰り返した言葉。

生きることだけ。

ただそれだけが、頭の中心を縛る。

家族との約束。消えない呪い。

何があっても、何をしても。

私は生き延びてやる。






















「それは?」

(・・・!)

突如、若い女の声がした。
彼女は身を縮ませ、ナイフを握り直す。

「密造酒だ」

低く這うような声。二人組のようだ。
彼女は声の方向から位置を把握し、すぐに隣の部屋に逃げ込んだ。
この部屋には小さな扉があり、何かあればすぐに森へ逃げられる。

(・・・こんな世界で、お酒を探してる?バカみたい。)

半ば苛立ちすら覚えながらも、警戒は解かない。

誰も信用できない。同性がいたとしても。

終末は、人間を変えた。
優しく温厚な人も、野蛮で横暴に。
堅実で真面目な人すらも、けだもののように狂暴にした。



「こっちへ」

男が若い女を誘い、ついさっきまで彼女か潜んでいた部屋へ移動したようだ。
なにやら話し声がするが、内容までは聞こえない。
彼女は出入口への最短距離を測りながら、声のする方から目を離さないよう努めた。

小屋から離れるタイミングを計りつつ、二人組を警戒する。