副料理長になったからと言って、だから何かが変わることもなかった。相変わらずクソジジイとは喧嘩するし、足蹴りはくらうし、他のクソコック達との距離も変わっていない。
出勤板にかかるおれのネームプレートの位置が変わっても、おれを祝福したのはなまえぐらいだった。



order 【 16 】



閉店したバラティエの夕飯も食べ終わった後は、各々自由に過ごしている。部屋で麻雀を始める奴らもいれば、夜釣りをし始める奴もいる。おれも1日使った自分の道具を磨き終えたら食堂にいるなまえのところに向かうのがルーティンになっていた。

「ダージリン、で良かったか?」
『うん。ありがと、サンジくん。』

マグカップを置いて、なまえの向かいに腰掛ける。この時間になるとなまえは毎日帳簿を記入している。テーブルの上に小さな山を作る伝票を一つ一つ仕分けて、計算器を叩いては、それをノートに書いていく。
おれは新聞や調理本を読んだり、新しいメニューを考えたりしながらなまえが終わるのを待つ。静かな食堂に響く、紙の上を滑る優しいペンの音に誘われてウトウトしちまうのが最近の悩みだ。

『ーーーひつじが1匹。ひつじが〜2匹。ひつじが〜〜3びきー』
「………なまえ。」

本を読んでいた目線を起こして、おれはなまえを見る。なまえはイタズラが成功した子供の様な表情でおれを見ていた。

『ふふ、眠そうだったから手伝おうかなって。』
「………、そりゃどーーーも。」

今日もしっかりウトウトしちまったおれは自分用に用意してたダージリンを煽り飲んだ。どうぞこの眠気を打ち消してくれ、と身体に流し込む。

『はい、コレ。』

マグカップを下ろしたタイミングでテーブルに長方形の箱が置かれた。薄水色の箱に黄色いリボンテープがあしらわれたその箱は、どう見ても贈り物だと主張してる。

「………コレ は、?」
『副料理長になったお祝い。ちょっと遅くなったけど…。』

眉を少し下げながらなまえは『どうぞ』と箱を押し出す。目の前に押し出された箱をおれは両手で受け取り、しばし箱を眺める。
どんな顔をしていいのか分からないまま黄色いリボンに触れる。それを解く前になまえを見るとなまえはコクりと頷いた。
おれはリボンをゆっくり解いて、丁寧に箱を開けた。

「…………シャツと、ネクタイ。」

青いストライプのシャツとシンプルな黒のネクタイが、透明なビニール袋の中で綺麗に折り畳まれてある。

『うん。サンジくん黒いスーツ持ってたでしょ?合わせたら似合うんじゃないかなって思って。』

(……黒いスーツ…、なんてあったか?)

なまえに言われて、ハッと思い出す。
黒いスーツは、少しでも背伸びしたい葛藤から勢いで買って失敗して、サイズが大き過ぎてブカブカで逆にダサくなったやつだ。
今じゃ、すっかりクローゼットの肥やしになってる。

「よく覚えてたな。あのスーツのこと。」
『覚えてるよ。いつか絶対着てやる!って言ってたもの。』
「…誰が?」
『サンジくんが!…今がその時だと思ったんだけどなァ。』

なんだもう着る気無かったのかー。と机に項垂れたなまえを見て、おれの中の緊張の糸が切れた。
そしたら手の中のプレゼントが妙に愛おしく思えて、目の前で項垂れたままのなまえが可愛くて仕方がなくなった。

プレゼントなんて貰った事なかったから。必ず喜ばなきゃいけないって先入観で頭がいっぱいで。
………でも、こんな気持ちなんだな。
緊張とか恥ずかしさとか、嬉しいのにどうしたら良いのか分からなくなる感じ。優しくてあったかくて、愛おしくて頬が緩む、幸せな感じ。

(振る舞うのは得意なくせに、与えられ慣れてねーとか。おれクソだせェじゃん。)

おれへのプレゼントをきっと一生懸命選んだだろうなまえの姿がありありと浮かんで、項垂れたままのなまえの頭をくしゃくしゃに撫でまわした。少し力んだかも知れない。悪ィ許せ。おれ今、クソ嬉しくてどうしようもねーから。

『もう!なに?!』

案の定、嫌そうに眉間に皺寄せたなまえと目が合った。

「コレ。ありがとう。」
『……………。うん。どういたしまして。ちょっと的はずれちゃったけど…。』
「いいや。そうでも無ェよ。」
『それなら、まぁ、よかったかな。』

そう言って、安堵の表情を浮かべたなまえは書き終えたらしい帳簿をパタリと閉じた。
冷えたダージリンを飲み干して、ご馳走様でしたと笑う。それはなまえのルーティンが終わった合図だった。


なまえを部屋まで送った後、クローゼットから袋も被せたままの黒いスーツを取り出した。ほぼ新品。というか試しに着てすぐに諦めたから、状態も綺麗だ。
もう着ねェーと思ってた。けど、プレゼント貰っておいて着ないなんて選択肢は無かった。むしろ着た姿をおれが見たいと思ったし、なまえに見せたくてうずうずしちまってる。

明日、朝一番で見せに行こう。
朝は三階で洗濯物を干してるから、その時にビックリさせてやろう。なまえの驚いた顔と喜ぶ顔が想像出来て、今から楽しみでしょうがない。

(………ガキかよ、おれは。)

ハァーとため息を吐いて、おれは頭を抱えた。
クソジジイといい、なまえといい。この親子と一緒いると知らなかった感情にぶつかって、自分が暴かれていく。でもちっとも嫌な気がしない。むしろこの多幸感は息を吐いたくらいで消えるようなものでもない。なまえもクソジジイも、おれを操る天才なんじゃないだろうかとさえ思えてくる。

「……おれ一生、あの親子に振り回されンだろうなァ。」

悔しいけど、言ってなんてやらねェ。
項垂れながら、でもしっかり口角が上がってることに、おれは気づいていた。




翌朝、シャツもスーツも襟を正し、ネクタイも歪み無く、サイズまでしっかり丁度良いスーツを着こなして、おれはなまえの前に立った。
なまえは予想通り驚いた顔でおれの姿を見つめたあと、

『ーーーーーーーわ!わ!大変!写真撮らなきゃ!!!』
「…………え。」

慌てて部屋に戻っていった。
暫くするとカメラを片手にクソジジイを引き連れて戻ってきたなまえは、カメラをクソジジイに持たせるとおれのとなりに駆け寄って、『お願いしまーす!』とクソジジイに声をかけた。
すぐにパシャリとシャッター音が鳴る。
カメラとフィルムを受け取ったなまえは、嬉しそうにフィルムを布袋に入れた。

(……なんか、思ってたのと違うこと起きてんなー。)

この日撮った写真がなまえの部屋に飾られてたのを知るのは、4年後の話だ。

「…スーツなんて着て。」
「うるせェ。今日からコレがおれの制服だ。」
「チビナスが。一丁前抜かしやがる。」
「もうチビナスじゃねェ!!」

クソジジイに揶揄われたけど、不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろご機嫌だった。
嬉しそうななまえの笑顔と、ククッと笑ったクソジジイと、朝の清々しさと、洗濯物の香りと、

「メシだァーーっ!!野郎どもォーーっ!!!」

パティのでけー声と、けたたましい目覚まし時計の音と。バラティエの1日が始まる瞬間。ここがおれの居場所だと実感して、何がなんでも守ろうと誓ったんだ。絶対に……。




See you in the next story………

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