されるまま暫くわたしに叩かれていたサンジは、ギョッと顔色を変えてわたしのハンカチを指さした。

「なっ…それ!血じゃねェか!」
『…え?あ…』

握りしめたままだったハンカチは、あの男性の血を拭ったせいで所々が赤く染まっている。やっぱりどこか怪我したのか!と慌てふためくサンジはわたしの周りをぐるぐると回り始め、わたしの髪を梳くったり、腕を持ち上げたり、しまいにはスカートの裾をめくり上げようとした。

『ーーーサンジくん…っ!!!』
「やめねェか!このガキァ!!」
「う!!!」

身の危険を感じたわたしはオーナーゼフの背中に隠れる。オーナーに蹴られたサンジは、クソジジイ…とオーナーを睨みつけた。いやむしろ睨むのはこちらの方だ。油断も隙もあったものじゃない。彼の変態性は相当なものだ。

『……。これはわたしの血じゃないよ。』

わたしはどこも怪我してないから。とオーナーの背に隠れながらサンジに伝えると、あ?じゃあ誰の血だ、と眉を寄せたサンジにわたしは視線をあの男性客に向けた。

「……アイツだァ……?」

眉をさらに深く寄せたサンジが男性客を見た時、わたしと入れ違いに男性の接客をしていたパティがその男性を椅子ごと殴り倒した。

「代金払えねェんなら、“客じゃねェ”じゃねェか!!」

「いいぞコック!!」
「海賊なんてたたんじまえ、パティさん!!」

床に倒れた男性を見下ろすパティに向かって、今まで静観していた壁際に避難してたお客様やコック達が急に歓喜の声を上げ始める。倒れた男性はフラフラと起き上がり、か細い声でパティに何かを言うと、さらに怒ったパティが「客じゃねェ奴ァ、消え失せろ!!!」と男性を蹴り飛ばして、ダイニングから追い出した。

「さーどうぞ“お客様”どもっ!!食事をお続け下さーい!!」

まるで何かのエンターテイメントが終了したかの様にサロンエプロンの裾を持ち上げてお辞儀をしたパティを、お客様は拍手喝采で歓声を上げた。

なんだろう。この感覚は…。
男性と一緒に入店した時の静まり返った張り詰めた空気の店内に怯えたけど、今は今でまるでヒーローの様にパティを褒め称えるお客様やコック達の姿に、わたしの気持ちは追いつかなくて、気持ちが悪い。

「オイ、今日はもういい。部屋に戻って休んでろ。」
『……オーナー、……でも、』

ちゃんと働かなきゃと思うのに、急に手足が震えだして動けない。パティが男性を蹴り飛ばしてダイニングから追い出した時、わたしは無意識にオーナーゼフの制服をギュッと握りしめてしまってた。

「クソジジイの言うとおりだ。こんなに青白い顔して…。ゆっくり休んだ方がいい。」

煙草の煙をフー…と吐き出したサンジは慣れた手つきでわたしの手をとる。わたし今、どれだけ情けない顔をしてるのだろう。
『……ごめん、ありがとう。』とサンジの手を握り返すと、「あとのことは男どもに任せればいいさ、」とその手に引かれて歩き出す。サンジはわたしを部屋まで送り届けてくれた。



Order 【 3 】



あれやこれやと色々と起きた日から、2日が経った。今日もレストラン バラティエは大変ありがたい事に盛況だ。

『お待たせいたしました。帆立のポワレ クリスピーアーモンド仕立てでございます。』

やっぱりあの日は、色々と可笑しなことばかり起きた散々な日だった。ダイニングで起きたサンジの暴行事件とパティのヒーロー劇以外に、3階のオーナーの部屋が半壊になっていたのだ。天井は穴が開き、お空がこんにちは状態。同じく3階にあるわたしの部屋も、屋根は無事だったけど揺れた反動でありとあらゆる物がひっくり返っていて部屋の片付けで1日が終わった。

それから、オーナーの部屋を半壊にしたという人物が雑用としてバラティエで働く事になった。麦わら帽子がトレードマークの彼の名前はルフィといい、海賊なのだそうだ。仲間になってくれるコックを探している最中だったそうで、どうもその航海途中、海軍の打った砲弾を正当防衛から弾き飛ばしたら、バラティエの、しかもオーナーの部屋に直撃してしまったらしい。

…砲弾を弾き飛ばす、というのはちょっと意味が分からなかったけど。とりあえず、それは不運だったね。とルフィに伝えると、彼は、でもいいコックに会えた!とニカっと笑っていた。
ルフィのいう“いいコック”とは、サンジのことだった。わたしを部屋に送ったあと、どうやらサンジは追い出された男性客のもとに向かったようで、こっそりご飯を持ってったそうだ。その時のサンジを見て、仲間すると決めたらしい。ルフィがサンジを仲間に誘った流れで、オーナーとサンジの喧嘩があったことを後からコックが教えてくれた。

「なまえ、次なにやんだ?」
『あ、ルフィくん。えーと、6番テーブルの片付けをお願いします。』
「よし任せろ!」

まあ色々あったけど、この2日間はとくにコレといった事件もなく、今のところ穏やかに過ごしている。ルフィも、バラティエに乗り込んでくる“海賊”とは随分と雰囲気が違って、仕事はデタラメで全く出来ないのだけど明るくて素直でユーモアがあるせいか、いつの間にか仲良くなっていて、彼なりに仕事を頑張る姿を微笑ましく思う時もある。
…実際、こちらは猫の手も借りたいほどの人手不足だったから(使えるか使えないかは別として)単純にダイニングに人が増えたことが嬉しかった。コック達にダイニングと厨房を行ったり来たりしてもらうのは、ウェイトレスとして申し訳なかったし…。

『本日は御来店誠にありがとうございます。食前酒アペリティフをご用意しておりますが、お召し上がりになりますか?』
「ありがとう、いただくわ。」

お客様に一礼をしてわたしはシャンパンの準備を始める。ボトルの水滴を丁寧にタオルで拭っていると、隣テーブルのお客様がワイングラスを床に落とした。パリン…、と破れた音を皮切りに、ほかのお客様もざわつき始めて、みんなが窓の外に釘付けになる。

「ドクロの両脇に敵への脅迫を示す砂時計……」
「間違いない!!!クリーク海賊団だ!!!」
「どうしてここへ!!?」

…海賊団っ?!とお客様の1人が驚きと恐怖で席を立ち上がった。今さっきまで穏やかだったダイニングに一気に緊張が走る。窓の向こうの巨大ガレオン船がゆらりと少しずつこちらに迫り来るのを、わたしはボーと眺めていた。ガタガタと次々に席を立つお客様はみんな、出来るだけ遠くに逃げようと壁際へと避難していく。わたしが食前酒の準備をしてたお客様も、もう席にはいない。

わたしはお盆で顔を隠して、大きなため息を吐いた。…またおかしな事が起きてしまう。窓の外はとても良い天気で、青い空を泳ぐひつじ雲だって呑気なさまで。でも空の明るさとダイニングを覆う空気は雲泥の差だ。

(…………クリーク海賊団…。)

海賊が乗り込んでくることは今までにもあった。だからさほど心配はしていない。でもこのなんだかもやもやした嫌な気持ちは2日前と似ている。

そして、ガチャ…!とレストランの扉が開いた。





See you in the next story………

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