カモメは悠々と空を泳ぐ。青い空、眩しい太陽。今日も絶好のお洗濯日和の中で、わたし なまえはバックヤードを目指して走っている。そこから三階のオーナーの部屋へ向かうためだ。

ここは、四方を見渡す限りの海に囲まれた海上のレストラン バラティエ。波も天候も、気が変わる瞬間を察知出来るのは航海士だけ。今は穏やかな海だけど、明日も同じとは限らないから海は怖い。底なんて見えるわけない青過ぎる海のご機嫌一つで、わたし達の未来はいとも簡単にお先真っ暗になってしまうのだ。

…だから、祈ろう。
カモメが悠々と空を飛ぶ、この穏やかな光景が果てしなく続きますように、と……。



Order 【 2 】



レストランの裏手に停泊中の船は、今日来店されているお客様の船だ。団体客の大きな船に、個人客の小型船。それから……絶賛副料理長より過激なおもてなしをされてしまっている海軍大尉の船が並んでいる。

(…………お客様、生きてるかな……。)

思い出すだけで溜め息が漏れる。コック達との喧嘩も絶えなければ、お客様にも掴みかかる副料理長 サンジの態度は、常々どうにかならないかとは思っていた。口が悪いのはバラティエにいるみんなが口が悪くてもはや気にならないけれど、捻くれているというか、若干の一匹狼感のせいで彼はコック達から要らぬ不評をかってしまってる。

……まぁ、女性好きで、美人なお客様には目が無ければ鼻の下伸ばして接客して、今日は厨房にいるな〜なんて思えば店内ダイニングに出て来てナンパし始めて、挙句に勝手に代金を無料にしてしまう。(代金分はきっちりサンジくんのお給料から減額させて頂いてます。)以上も含まれてしまえば、コック達の気持ちも分からなくはない。

けどでも本当はそんな事ないのに…!っとわたしが伝えたところで、百聞は一見に如かず。コックのみんなに映っているサンジも全部本当だから、今更何を言ったところで、とお手上げ状態だ。
……それでも、きっと気持ちは伝わってるはず。なんて考えてしまうわたしは彼に甘い。サンジはちょっと熱くなりやすいけど、思いは真っ直ぐな人なのだ。

(………だけど、最近のサンジくんには擁護しかねるのよね…)

そんな事を考えて走っている間に、酷く慌てた様子の海兵隊員とすれ違った。怪我をして血も流してたような気がする。床を見れば赤い点がまだらに散らばっていた。

(……海兵さん、ということは、ダイニングの海軍大尉の部下って事だよね。どうしてその人まで血だらけなの……?)

「……オイ。その格好……従業員か…?」
『……え?』

視線を床から前に戻す。わたしを呼んだであろうその人は、青白い顔で男性にしては酷く痩せ細っていて、額から血を流していた。

『はい、ウェイトレスです。あの、血が……っ!』

今にも倒れてしまうんじゃないかと思うほどフラフラな男性にわたしは急いで駆け寄る。今日は何なのだろう、出血デイなのだろうか……。
ポケットからハンカチを取り出して、わたしは男性の血を拭う。特に嫌がる素振りも見せない男性は、しばらくわたしにされるがまま大人しい。と思ったら、ガシッとわたしの腕を掴んだ。

『痛っ、』
「店に……案内、してくれ………。」

一体どこにそんな力があるのか。細い見た目に反して、掴まれた腕はジリジリと痛みを増していく。男性の血走った眼光に、わたしは言葉を失った。凄みというか、相手の雰囲気に圧倒される。わたしが必死に頷き返すと、男性はあっさり掴んだ手を離した。
一体何なんだ。ホッとする暇もなく、ハンカチを握りしめてわたしは男性をレストランへ案内する。……そういえば、自分がオーナーを呼びに行く途中だったことを思い出した。なのに、来た道を戻ってわたしはダイニングに帰ってきてしまった。

「海賊クリークの手下を逃してしまいました!!
“クリーク一味”の手がかりにと、我々7人がかりでやっと捕まえたのに…!!!」
「ばかな…!!どこにそんな体力が…!!!奴は3日前に捕まえた時すでに餓死寸前で、以降何も食わせてねェんだぞ…!!!」

入り口に着くと、さっきすれ違った海兵隊員が震えた様子で店内に向かって叫んでいた。余程に悪い事が起きてしまったのか、青ざめた顔で体を震わせて叫んでる。
その時わたしの背後でカチャリと、シリンダーが回転する音がした。

「申し訳………っ!!!」

「キャーーーーーーッ!!!」

女の人の悲鳴が聞こえたのと目の前の海兵隊員が倒れたのは、ほぼ同時だった。銃声が鳴り響き、撃たれた海兵隊員はドサッ…っとその場に倒れて動かない。撃ったのはさっきまでわたしの後ろにいた男性で。男性は顔色一つ変えず、ウェイトレス…とわたしを見た。

まさか目の前で人が撃たれるなんて。これが初めてというわけではないけれど、だからと言って見慣れたものでもない。
わたしは咄嗟に口元を手で隠し、飛び出そうな悲鳴を必死に抑え込んでいた。

「……ウェイトレス、おい……ッ」
『…………ひッ…。ぉ、お客様、一名、ご案内です…』

男性の声になんとか意識を戻して、わたしはレストランホールに声を掛けた。ひょこりと姿を現したわたしを見て、店内にいたみんなの形相が険しくなった。サンジもオーナーもパティもコック達も、みんなして何でお前がそこに居るんだ!って顔をしている。むしろそんなのはわたしが聞きたい。と半泣きでみんなを見返すと、オーナーと目が合った…。

(…オーナー。…ん、…え? 待って。わたし、呼びに行く必要無かったんじゃない…っ!)

男性と一緒におずおずとレストランに入る。
と、店内にいたお客様全員がガタガタと席を離れて壁側に避難し始めた。店内は形容し難い緊張感に包まれる。静まり返った店内の空いたテーブル席にドカッ…と腰掛けた男性は、足をテーブルの上に投げ出し、それからわたしを見た。

「……………。何でもいい…、メシを持ってこい…。ここはレストランだろう!?」
『……………っ。』

だから怖いんだってば…。
わたしは白いサロンエプロンをギュッと握りしめて、この状況のなかどうすればいいのか思考を巡らす。と、後ろから「なまえッ!」とオーナーの声が響く。慌てて振り返るとオーナーゼフが顎をクイッと動かした。こっちへ来いという事だ。わたしは男性に一礼して離れて、入れ違いにパティが男性の隣に立った。

「”いらっしゃいませ、イカ野郎”」

パティの間違った敬語の接客が始まった辺りで、わたしは無事オーナーゼフの後ろに避難できた。大きな背中の後ろでホッと胸を撫で下ろす。何をやってるんだ…と呆れ顔でわたしを見てるオーナーに、わたしはごめんなさい…と謝る。
実はかくかくしかじかこんな事があって、とオーナーと話すわたしの隣に来たサンジは、吸い込んだ煙草をフー…と吐き出すと、わたしの頭を撫でてきた。

「…怪我、してないかい?」

心配気にわたしを見つめる蒼い瞳に、迂闊にも自分の鼓動がちょっと早く脈を打つ。
女性のお客様ほど過激な(目がハートになって、鼻の下伸ばし放題のだらしない)感じではないけど、わたし相手までソフトに差し込んでくるから反応に困ってしまう……。

…………ん? いや、待って。
わたしがあそこに居たのって、元を正せばキミのせいじゃない……? キミがお客様と争ったせいで、オーナーを呼びに行けとわたしはレストランを追い出され、たんですけど……?

そんなことはつゆ知らずのサンジは、ぐるぐる眉毛をハの字にしてわたしを見ている。なんだかだんだん腹が立ってきて、気がつけばわたしはサンジの胸板をバシバシと叩いていた。

「いたっ、痛い。なまえ、なに怒ってんだよ。」
『サンジくんのせいだから、全部サンジくんのせいなんだからね…!』

もう本当に怖かった。苺パフェを作ってもらうだけじゃ許せないほど、わたし怖かったんだから……っ!!





See you in the next story………

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