無機質な音が響く。ピ、ピ、ピ。
一定の音を刻んで俺の睡眠の邪魔をする。
音は一向に鳴り止まない。あぁ、もう何だよ。もう少しだけ寝かせてくれよ。
別に寝たい訳では無い。ただ目覚めたくないだけ。
なんで?目覚めたくない?
そういえばお腹空いたな。
今日はアイツ何を作ってくれてるのかな。
そうだ、アイツが待っている。
起きなければ。アイツが寂しがっている。
俺は真っ白な世界から飛び出した。
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「………あ?」
開けた視界には真っ白な天井。身体には色々な機械や点滴が張り巡らされ自由に動かない。
一定に聞こえていたのはベッドサイドモニタのようだ。見たって専門分野じゃない俺には全く分からない。
それにしても何故こんな所に俺は居るのだろうか。
ここに来るまでの経緯も全く覚えてない。取り敢えず誰かに現状を聞こうとナースコールを鳴らそうとした瞬間部屋の扉がガラガラと音を立てて開く。
そこには目を丸くして驚く研磨の姿。心底焦った様な顔色をする研磨は珍しい。思わず笑ってしまう。
「!お、起きたなら言ってよ…」
「今起きて聞こうと思ってたんだ」
かなり眠っていたのか自分の声はあまりにもガラガラだった。隣に来て椅子に腰掛けた研磨は枕元にあった未開封の水を手に取り差し出す。俺は迷わず受け取り口に含んだ。発声をしてみるとまだマシにはなった。
「クロ、どうしてあんな事したの?」
「…?あんな事?」
「……覚えてない?」
「…悪ぃ。なーんにも覚えてねぇんだ。俺何でここに居るんだ?」
少し重い沈黙。何となく俺がしてはいけないことをしたのは察した。じゃ無ければ病院なんかにぶち込まれることはないだろう。
研磨は未だ視線を伏せている。だけど何か確認する様に口をゆっくり開いた。
「クロ、最近ご飯食べなかった栄養失調で倒れたんだよ」
「……あー、それは何となく覚えてる」
「何で食べなかったの?」
「何でって…食べたくなかったから。アイツのご飯は食べたいって思うけどな」
そこまで口にして気が付いた。名前は?名前は何処にいるんだ?
部屋の中を見渡すが名前が居る様子も、部屋に来た様子も無い。そして俺は研磨に聞いた。
「名前は今日仕事か?俺アイツのご飯が食べたいんだけど」
研磨は俺の言葉を聞いて「ぁ…」と言葉を漏らす。あからさまな動揺に俺は疑問を微かに感じた。だけどそれは携帯を見た事によりなお強く俺の中で不安の種となる。彼女とのトーク。約1ヶ月前で時が止まっていた。未だ未読状態のそれに俺は思考が停止する。ゾワゾワと底知れない恐怖や不安が俺の中を駆け巡り手足から徐々に感覚を奪っていく。
「クロ……ちゃんと聞いて、名前はね……」
嫌だ。聞きたくない。チラチラと脳裏を横切る記憶。思い出したくない。お願いだそれ以上言わないでくれ。俺は名前の居る家に帰るんだ。
全身から溢れ出す汗が止まらない。今から伝えられる現実を身体が受け入れようとしないのだ。
「名前は1ヶ月前に交通事故で死んだんだよ」
俺の中で何もかもが崩れ落ちて行く。その代わり記憶のピースがカチッと揃えられた。
俺は名前が死んだ後、ご飯もまともに作れずコンビニ食で食いつないでいたがそれも数日で喉を通らなくなり食べない日が連日続く。そして俺はあろう事かそのまま食べずに自身の命を絶とうとしたのだ。
息苦しい。胸が激しく締め付けられ呼吸がままならない。慌ただしく部屋に響くナースコール。俺の背中を摩る研磨は「すぐにお医者さんが来るから」と叫んだ。
部屋の中はけたたましい音で溢れ返っていて人も忙しなく出入りしている。
そして俺はそれを聞きながら再度真っ白な世界へと飛び込んだ。
もう何もかもが嫌だ。
二度と目覚めなければいいのに。