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―――遠くで、朝を知らせる獣の遠吠えが聞こえる。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば、目の前には快晴が広がっていた。

「………」

まだぼんやりする思考のまま気怠い体を起こし、石を使って岩に一本線を刻む。
今しがた、線の数は11本になった。そう、この地にやって来て11日目の朝を迎えたのだ。


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一日目、自分は仕事をしていたはずなのに、ふと気付いたら雲一つない青空のもと、草むらのど真ん中に立ち尽くしていた。
直前の記憶があいまいで、ここはどこなのか、どうやって来たのか、全く分からない。
夢でも見ているのかと思い頬をつねったらしっかり痛かったし、草木のさざめきや髪を揺らす風、自然の匂いなど五感で感じるすべてが現実であることを知らしめていた。スマホはおろか、自分の荷物が何一つないことに絶望した。
焦りから冷静な判断など何一つできず、ただただ呆然としていた。

二日目、岩陰に隠れて眠れない夜を過ごし、結局朝を迎えた。この日も晴天で、じっとしてるわけにも行かずに周辺を散策することにしたのだ。この日に分かったのは、今自分がいるのは離れ小島のような所にいる事だった。大きな陸地に行くには、切り立った崖を飛び降りるか、湖をどうにかして渡るしかないのだ。

三日目、同じ岩陰で、朝を迎えた。この日になってようやく、自分以外の生き物がいる事に気付く。だが、全く未知のその生き物に恐れおののき、岩陰から身動きを取ることができなくなってしまった。それに、一匹や二匹どころではないし、種類も多岐にわたる事に気付いてしまったのだ。

四日目から、諦めるようになった。遠くに見える城のようなところまで行けば、人間に会えるかもしれない。けれど、そこまでたどり着くことはどう頑張っても難しそうだからだ。自分が衰弱するのが先か、あの恐ろしい生き物たちに見つかるのが先か。そう思うと、生き残るすべを思考する気力が失われていった。

五日目からは一日中、岩陰でじっとしている日が続いた。そうすれば体力の消耗は最低限で免れるが、その分考える時間が増える。自分の現状を憂いては泣き、自分が消えて大騒ぎになってるだろう職場を考えては泣き、家族が心配している事を想像しては泣き、自分がニュースになってる可能性も考え――ただひたすら泣き続けた。


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自力で水分も食料も確保できない状況で、なぜ11日も生きているのか。
それは四日目の霧が深い夜の事だった。酷い渇きと飢えから、ぼんやりとした思考のままふらふらと辺りを彷徨っていた時の事だ。ふいに背中に何かが当たった衝撃が走り、緩慢な動きで振り返ればそこには水色の体で、ふよふよと宙に浮いている生命体がいた。正常な判断ができずに見つめていると、その生命体はニコニコした表情で「どろぉ〜!」と鳴いた。



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Petricor