02
「え、聞いてますー?」
昼休み。昼食のおにぎりを持って2年生のヒル魔の教室に現れた秋は、問答無用でヒル魔の前の席の椅子を掻っ攫って座るとおにぎりを食べ始めた。
転校してまだ1ヶ月とそこらしか経っていないが、訳アリ転校生としてあんなに距離を取られていた癖に彼女は1年生生徒の大半と仲良くなっていた。が、2年生とは殆ど面識が無かった。
その癖にズカズカと2年生の教室に足を運び、あまつさえあの恐れられているヒル魔にこの態度である。
教室中に緊張が走っていたが、秋は特に気にせずに自身を無視してサンドイッチを食うヒル魔に再度声を掛ける。
「無視しないでくださいよー」
「うるせーんだよ、教室まで来んな」
「いーじゃないですか、文句言いに来たんだからー」
「却下」
会話が終了した。
しかし秋はめげない。
「アイツ連絡すごいんですよー」
アイツとは?ヒル魔は無視した。
「あたし英語わかんないのに毎回調べないとなんですよー?」
またしても無視。
「アメリカ行きたくないんですよー」
「チッ。却下だっつってんだろ」
「アメリカに、行きたくないんですってば」
無視。
「アメリカ行」
刹那、ヒル魔の怒号が彼女を襲った。
おにぎり食べながらメソメソ半泣きで自身のクラスに逃げ帰った秋であるが、彼らが一体何の話をしているのかは後ほど説明するとしよう。
▪︎
その日の放課後。部活後に部室に残ってろとヒル魔に指示された面々の前に栗田が段ボールを持って現れた。なんだそれは、と皆が警戒する中、栗田はその段ボールをひっくり返して中の物をバサバサとテーブルに広げた。
「パスポート…?」
「言っただろ?アメリカチームに10点差で勝てなきゃ全員日本国とお別れだ」
ガシャコン。脅しのそれ過ぎる機関銃を手にしながらのヒル魔の恐ろし過ぎるお言葉。
パスポートとは、アメリカに行ける必須アイテムである。
本当に日本から即日退去するつもりなんだ、と驚きと恐怖などで言葉を詰まらせ黙り込んでしまった皆の代わりに、秋が吠えた。
「嫌だー!アメリカなんか行きたくないのにー!」
ずっとヤダって言ってたじゃーん!ヒル魔に掴み掛かったものの、片手で簡単にねじ伏せられてしまった秋が半泣きで不服な気持ちを訴える。
勝手に転校させられて、その後は勝手に日本即日退去予備軍入り。可哀想過ぎる。が、しかしこんな空気で口を出せばヒル魔に何を科せられるかわかったもんじゃない。
えんえん泣く秋は総スカンでヒル魔は言い放った。
「日本に住み続けたきゃ、決戦まで1ヶ月!死ぬ気で練習しやがれ!」
▪︎
ヒル魔が部室を後にすると選手各位へ個人的に激励を送った秋。その熱量は太陽戦に寝坊して遅刻して来た者とは思えない物だった。あまりの鬱陶しさに三兄弟は悪態をつくとさっさと帰宅してしまったくらいだ。
「勝とうねってのは勿論同じ気持ちだけど…秋ちゃん、何かあったの…?」
まもりの心配そうな表情を受けると、秋は何か決意した様に携帯の液晶画面を彼女へ向けた。そうして簡潔に説明する。
「…NASAエイリアンズのクォーターバックに猛烈アプローチを受けてるんです」
「ええええ!!」
液晶画面いっぱいの英文を見る限り嘘ではなさそうであるし、こんな嘘を吐くメリットも秋には無いだろう。まもりは勿論、横で聞いていたセナやモン太、雪光までもが驚きの声を上げた。
「ち、ちょっと見せて!」
まもりが秋から携帯を預かると、液晶画面に映る英文を読み上げていく。
"親愛なる素敵な秋へ。
返事ありがとう。君が俺の為に時間を使ってくれただけで、俺は天にも登る気分だ!それくらい嬉しいって事だ!
俺の友人を知りたいと言ってくれたその言葉は素直に嬉しい。だが今俺と君はライバル同士。チームメイトの話は、君と直接会えた時に話すな!
チームメイトといえば、今日君が住む日本の文化である土下座をレシーバーのワットに教わって初めて知ったんだぜ!きっと俺の知らない素晴らしい文化がもっとあるんだろう。
秋、君に会える日がすごく待ち遠しい。来月が遠過ぎるな。また返事をくれると嬉しい。お互い練習頑張ろうな!"
「す、すごい…!本当にちゃんと猛烈アプローチ…!」
「現地の方の英語ラブレター…!参考になる…!」
辞書で調べながら長文ラブレターをしっかりと翻訳して音読すると、まもりは興奮気味に頬を赤らめ、雪光は勉強の一貫みたいな真面目な感想をぶっ込んできた。今はそこじゃない。
しかもメールの冒頭で偵察をしようとしていたのが見抜かれてしまっている。これにはセナも苦笑いであった。
「しっかりエイリアンズの情報仕入れようとしてるし…」
「しかもちゃんと断られてるな」
説明をすると、だ。
アポロを挑発する為に送ったあのビデオ。そこに数秒映ったアポロを罵倒する様に編集された秋である。その彼女の姿に一目惚れしたホーマーがひっそりと月刊アメフトの事務所に連絡を入れ、なんとか秋とコンタクトが取れないか模索した結果その話がヒル魔にまで辿り着いたのである。
ここまで説明すれば、何故秋が個人の携帯でホーマーと連絡を取っているのかというのはおわかりだろう。
「ヒル魔先輩に、色仕掛けでエイリアンズの情報をホーマーから聞き出せって命令されたんだよー…」
「あぁ…なんかもう想像できる…」
絆せ!さっさと口割らせろ!とせっつかれる秋であるが、彼女はヒル魔ほど性根が腐っていない為、好意もないのに情報の為に変に相手をしてしまうのは罪悪感がある。あと普通に英語翻訳がめんどくさい。
「…そんでホーマーの奴、もし10点差付けてエイリアンズが勝ったらアメリカでデートしてくれって言うんですよ!!」
勝手に勝つ気満々じゃん!秋の魂の叫び。
まぁ、もしもという前提で提案されているお願いであるが泥門デビルバッツメンバーとしては複雑な心境である。
セナとモン太、雪光に掴み掛かるとお願いだから勝ってくれ!と悲願する秋であった。