01
「知ってたのか、ヒル魔。ポセイドンの隠し玉をよ」
崇拝する鬼兵がまさかのダークホースにより敗北した事により栗田は大変なショックを受けていた。彼はショボショボになって柵の上にもたれ掛かり、正気の抜けた顔でただひたすらにフィールド上を見つめている。
そんな傍ら、どぶろくがヒル魔に尋ねた。
どぶろくの問いに、何かを考えていたのか少しだけ間を使った後ヒル魔は答えた。
「少しだけな」
それは秋も知っていた。
水町だけでなく隠し玉全員の顔と名前、アメフトに関係のないその他細々とした物だけであるが、その為出会した時すぐに気付けたのだ。
「何しろ連中、公式戦に出てねぇんだ。情報が少ねぇ…。柱谷相手にここまで圧倒的とはな」
そう言うとヒル魔はチッと舌打ちして秋を振り返った。
「糞ビンボー、明日から巨深の偵察。それと水町から情報搾り取れ」
「えー!!またー!?」
偵察は得意である。しかし情報を搾り取ると言うのはあまり喜ばしくない。
ホーマーの時よりかは日本語な分だけ楽であるが、意外と仲良くなった人から情報を抜き取るという行為を苦手とする秋は嫌そうな声を上げた。
未だに王城時代にマネージャーの若菜に取り入った事に罪悪感の様な物を感じているくらいである。
秋の嫌そうな声はしっかり無視すると今度はまもりへ顔を向けたヒル魔。
「糞マネ、今日のビデオが貴重な資料だ。全部の数字洗え」
小さい声で不満を口にする秋であったが、ヒル魔が指示したまもりへの仕事量を聞くとそんな不満は何処かに飛んで行ってしまった。
「残りヤードとダウン数別のプレイ選択率。選手一人一人状況別に編集テープ作れ。オフェンス、ディフェンス、TFPとブロック、キックオフとオンサイドにリターン、パント、パントリターン、タイトパント!全部だ!」
ヒル魔の多過ぎる注文を聞きながらテキパキと手を動かすまもりを視界に入れると、ひぇえええ…と秋とセナの口からは小さな悲鳴が漏れ出た。
秋はメンドクサ!という理由で、セナは意味不明!という理由でである。
そんな光景にモン太が一言。
「セナ、これ主務は所詮無理だったな…」
「それな!」
モン太の言葉に秋が賛同した。
セナは立場上は"主務"として入部していた。
泥門デビルバッツが春大会を控えていた折に、セナ自ら主務希望として入部したのだがその天性の走りのせいでヒル魔に目を付けられ、彼は『正体不明のアイシールド21』となったのだ。
そして現在主務業を主に担っているのはマネージャーのまもりである。
「しかし巨深のライン連中、背高ぇな…」
巨深ポセイドンの隠し玉、水町健悟たちの身長は皆190cm超えだ。
柵に体重を掛けながら水町らへ視線を向け眉を顰める十文字の身長は175cm。世の男子高校生の平均身長よりかは断然高いが、相手は190cm越えである。しかも同い年。
同じくライン、そして同じ身長である戸叶も十文字へポツリと賛同した。
「押し合ったらウゼーだろうな」
「僕は平気さ!」
「俺はこいつのがウゼーな」
十文字、戸叶の言葉にオーバーに反応した瀧に、同じく175cmの黒木が悪態を付いた。
泥門デビルバッツの中では182cmと比較的長身である瀧であるが頭の良さでは最下位である。
すると突然、フニ、とショボショボの栗田の左頬にマイクが突き刺さった。
「あっのー。新鋭巨深ポセイドンについて、コメントを貰いたいんですけど…」
栗田にマイクを突き付けた者へ泥門メンバーが一同に視線を向けると、そこには何処か気の抜けた様な話し方で喋る江戸TVレポーター、安藤パー子とカメラマンがいた。
カメラのレンズが此方に向いていると瞬時に察知した秋と黒木はほぼ同じタイミングでピースサインをレンズに向けた。
しかしレポーターの安藤が求めていたのはこの場にいない人物だったらしい。
「ってアレ?アイシールド21さんの中身の人は?」
そう問い掛けると、安藤はキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「チアリーダーの鈴音ちゃんのコメントに、ハリウッドスターばりの超イケメンヒーロー顔だってあったけど…?」
「また余計なこと言うから…!」
"ハッタリはデカい程いい!"という泥門デビルバッツ主将の指示通り動いていたそうな。
▪︎
2回戦突破を祝し、泥門デビルバッツの面々は打ち上げとして焼肉を食べに来ていた。費用はヒル魔がなんとかしてくれるだろう、と皆が思っている。
皆が自身の陣地で肉を焼き、その肉を食している中何故か瀧だけが持参したスタンドマイクの前に立って演説を始めていた。
「みんなありがとう!僕のデビュー戦活躍祝いに焼肉パーティーなんて!スピーチは苦手なんだねどみんなの期待に応えて…」
「無くなるよ、肉」
案の定誰も耳を貸していない演説であったが、妹である鈴音だけは聞いていた様だ。テキトウに遇らっていたが。
アメフト部としては少人数であるが、食事をするには比較的大人数の為2つのテーブルに分かれて食事している泥門メンバー。
三兄弟や助っ人陣と同じテーブルで高い肉をひたすら注文する秋に、十文字が小言を言った。
「特上頼み過ぎだろ、キレられんぞ」
「なるべく単価高い物食べないとでしょ。ヒル魔先輩が払うんだから」
「クソ野郎だな」
「お前マジで狡いな」
「今頼んでる肉食い終わってから頼めよな」
「そんなこと言うならあげないからね!」
戸叶や黒木からの非難の声を聞いてもなお根性を曲げないところを見ると、流石ヒル魔から糞ビンボーと呼ばれるだけはあるなと三兄弟は思った。
普通女子高校生が糞ビンボーとニックネームを付けられ普通に返事出来るものか。その辺はヒル魔と長い事いるせいで麻痺してるのかもしれないが。
結局特上カルビ、特上牛タンなどの高価な肉を頼んだ秋はご機嫌に待機していた。
「秋ちゃん、野菜も食べてね」
そんな秋に、2つのテーブルを行き来していたまもりが野菜を持って現れた。途端に彼女のご機嫌フェイスが歪む。
「野菜なんか家で食べれます…!」
アメリカでも似た様なフレーズを聞いた様な気がするな、と三兄弟は思った。
呆れた様な面持ちで黒木が言う。
「お前野菜嫌い過ぎだろ」
「秋ちゃん、嫌いでもバランス良く食べなきゃ!」
「まもり先輩の頼みでもこればっかりは聞けないです…!あたしは特上肉を食べるんですからね!」
「他人の金で頼んだ特上肉な」
ピーマンをトングで摘んでいるまもりから距離を取りながら秋が悲痛な声を上げると、戸叶がそう補足した。