
01
魔女の住む村での任務の報告を終えて、ようやく一息つけた。
食堂でご飯を食べていたらなんだか教団全体が、というか科学班のほうが、それともコムイさんのところが? まぁ、とにかく騒がしくなってきた。
彼等の居る場所で騒ぎが起こるのは珍しくないけれど、何かがあったのだろうかと首をかしげていると、リナリーが真っ青な顔をしながら何処かへ向かって駆けていくのが見える。相変わらず、ものすごいスピードだ。
「ナノ、早く神田を止めて! 門のところにいるから!」
途中、わたしの姿を見つけたのか食堂の入口から甲高い声で叫んで、いってしまった。
これは、本当に何があったのだろう。リナリーがここまで焦ることなんて滅多にない。昔コムリンが暴走した時だって、大分呆れてはいたけれど、あんなに青ざめてはいなかった。
それにユウを止めてほしいとは、どういうことだろうか。
わたしが力づくでユウのことを止められるはずもないし、わたしの言葉でユウが喧嘩を収めてくれるかどうかは正直、よくわからない。
そうだ。さっき門番が大きな声を上げていたから、リナリーが言っているのはそれかもしれない。確か、アクマが現れたとか、何とか。でも、アクマが来たのなら何故ユウを止めるのだろう。
変なの、なんて思いながら咀嚼していたアップルパイの最後のひとかけらを飲み込んで、お皿を片付けるのもそこそこに門番のところへむかうことにした。
わたしの貧弱な足では、精一杯急いでもリナリーの「急いで」に釣り合う訳もないので、移動にはイノセンスを使う。イノセンスを信奉している聖職者の人達からはこんなことにイノセンスを使うなんて、と盛大に嘆かれそうだけれど、仕方がない。
なんとか急いで門番のところへ着くと、ユウと、それから見たことない白髪の男の子が一人。
こちらに来ていると思っていたリナリーはまだいない。何処かに寄っているのだろうか。
門番はアクマが現れたと叫んでいた。でも、ここには白髪の男の子とユウの二人だけで、男の子はとてもアクマには見えない。もう何が何だか、よく分からなくなってきた。
「ユウ、何やってるの?」
問いかけてみれば、ユウが六幻をおろして、こちらを見てくる。さっきまで六幻を突きつけられていた男の子の方は、ほっとしたように、胸をなでおろしていた。
「リナリーがユウを止めろって言っていたんだけど、どういうこと?」
「……コイツ、エクソシストで、入団者らしい」
「じゃあ何で六幻押し付けてたの。可哀想じゃない」
「コイツ呪われてたんだよ。それに、なんか気に食わねぇ」
「呪い?」
男の子の方を向いて、彼をよく見てみるけれど、白髪や赤い刺青のようなペンタクルを除けば、穏やかで優しげな顔をした普通の男の子だ。
ユウの気に食わない、は無視していいだろう。
何がどうした、と彼の方に事情を聞こうと思った時。
「ちょっと! もう。彼を放っといちゃダメじゃない」
ぱこん、とわたしとユウの頭にリナリーの持っているファイルが続けて落とされてきた。
今、男の子の話を聞こうと思ったところだったのに! 理不尽じゃなかろうか。じろりとリナリーを見るけど、彼女はわたしの視線を綺麗に無視している。もう。
「えっと、アレンくんだっけ。よろしくね。わたしはリナリー・リー」
「あ、はい。アレン・ウォーカーです」
ちょっとリナリーを恨めしげに見ている間に、リナリーとアレンくん? の間では自己紹介が始まっていた。
「あ、ユウ。行っちゃうの?」
「もう用はない」
リナリーとアレンくんが話を続けている中、ユウはすたすたと歩いていってしまう。なんて薄情な。せっかく久しぶりの入団者なのに。しかもファインダーじゃなくて、エクソシストの入団者だ。歳もわたしたちと同じくらいで、きっと仲良く出来るだろうに。
「えっと、カンダ、ユウ? ですよね。よろしくおねがいします」
くるりと背を向けて歩いていくユウに、アレンくんがそっと手を差し出す。
でもユウは、お得意の悪態をついて、その場を後にしてしまった。「呪われてるやつと握手なんてするかよ」だなんて。酷い言い草だ。それから、きっちりとものすごく怒った顔で「ファーストネームで呼ぶんじゃねえ」と睨みつけてから。
あいかわらず、心が狭いようなそうでないような。ユウがそう呼ぶのを許してくれるのは、たぶんわたしたちだけなのだろう。そう思うとちょっと嬉しいわたしもいるから、愛想のないユウに苦言を呈するのはいつもリナリーだ。
呼び止めるリナリーの声を聞き流しながらユウが行ってしまったから、仕切り直しの意味も込めて今度はわたしがアレンくんにむきなおった。
「えぇっと、さっきはユウがごめんなさい。あの人は、神田ユウっていうの。神田、って呼んであげて。わたしは、神田ナノ。よろしく」
わたしが名乗ると、アレンくんは頭を下げて、もう一度丁寧に挨拶をし直してくれた。ユウとは兄妹か何かかと問われたが、とりあえず否定する。このやり取りはもう、新しい人が入ってきた時の恒例行事みたいなものだ。わたし達の苗字が同じ神田であることに、大した意味は無い。わたしもユウも、苗字はあくまでも設定でしかない。
アレンくんはわたしが曖昧に笑って見せたからだろうか、深く追求してくることは無かった。とても、紳士的な良い人である。彼はきっと、リナリーやユウと同じように本当に優しい人なんだろう。
さっと握手をして、これからアレンくんを案内するらしいリナリーにことわって、わたしもその場所を後にする。リナリーはあいかわらずの可愛らしい笑顔で送り出してくれた。
さてこれから、どこへ行こうか。
ユウの機嫌でもとりに、修練場にでも行こうかな。