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10

アレンくんの背後に現れた不気味な薄黄色の人形のようなものは、アクマだった。それまで誰も見たことのないレベル四のアクマだ。
先程の元帥たちの攻撃から逃れていたアクマが、レベル四に進化したらしいのだ。
咄嗟にイノセンスで障壁をつくり、後ろのマリたちを守る。あんなものとどう戦ったら良いのかと動けずにいるわたしを置いて、アレンくんがアクマに向かって飛び出して行った。
わたしにできることは、幾らもない。ただでさえ攻撃力はほとんどないイノセンスなのだ。たとえイノセンスを解放したとしても、あのアクマに対しては焼け石に水程度にしかならないだろう。
「ナノちゃん、ありがとう……ここは大丈夫。ここにいる人達は私が守るから」
マリに支えてられながら、よろよろとミランダさんが起き上がる。わたしは頷いて、他に取り残されている研究員さんたちのいる場所へ駆け出した。先程の怪我はこの僅かな間になんとか塞がってくれたらしく、走るのに支障はない。
爆発でガタガタの地面はまだカタカタと細かく揺れている。すぐ側で、アレンくんとレベル四が戦っているのだ。
彼等のもとに駆け寄って、ボロボロの白衣を見た時はもしかしたらもう死んでいるのかもしれないと思ったけれど、ぴくりと動いたことからまだ、間に合うのだと分かって安堵する。
すぐに彼等を守るべくイノセンスを発動させて、声をかけた。
「大丈夫、ですか」
「ああ、なんとか……」
「助かった……エクソシストか」
「もう大丈夫です。安心して……」
ください、と続けようとした途端、大きな爆発がおきて、次いでごう、と目の前で火の手があがった。
先程の衝撃で腕の付け根が脆くなっていたのか、イノセンスを持っていた両腕が、呆気ないくらい簡単に、ぽろりと取れた。考えもしなかった事態に、いっそ笑えてきた。本当に、わたしは弱い。
炎の熱で肌が焼ける。出血でくるくると世界が回転して見える。叫び出しそうなほどの痛みで視界すら歪む。
大丈夫なのか、と背後から声をかけられた。研究員さん達の声に滲む感情はわたしへの心配というよりも、不安の方が大きい。当然だろう。それくらいわたしはエクソシストとして、頼りない。
「絶対守ります。わたしも、エクソシストだから」
両腕がないのはさすがに困る。ノアと戦ったあの時よりも、今のほうが挫けそうだ。だが、幸いなことにイノセンスに直接触れずとも発動できるようになってくれたおかげで、腕がなくなってもわたしは戦えそうだ。
床に落ちた腕からイノセンスを水を使って持ち上げると、研究員さん達を守る障壁はそのままに、周囲に上がる火柱の消火に意識を向けた。
「ナノ、無理に消火はしなくていい! 今室長に連絡した。消化装置が作動するはずだ!」
とその時、リーバーさんの叫ぶ声が聞こえて、はっと辺りを見回してみると、少し離れたところにミランダさんの張るバリアが見えて、リーバーさんらしき人影もそこにあった。
わたしは、少しほっとしていた。こんなぼろぼろの状態で、全ての火を消し止めることはきっと出来なかっただろう。
わたしにできることは、ものすごく少ない。だからせめてわたしの手の届く場所にいる人くらいは、守りたい。
今は彼等を絶対に守る、と約束した。幾ら出来損ないの第二使徒でも、弱くても、みんなのように確りとした覚悟がなくても、わたしだってエクソシストだ。
全身からしゅうしゅうと煙が立ち上っている。腕はともかくその他の怪我はどうにか、塞がってくれているらしい。くらくらと揺れていた視界がだんだん安定してくれたおかげで、後ろにいるこの人たちを守ることくらいは、できるだろうか。
決意も覚悟も、わたしにはない。
何も無い空っぽなわたしだけれど、この人たちを守れたらきっと何かが報われる気がした。それは第二使徒として出来損ないだというわたしの劣等感かもしれないし、弱い弱いエクソシストとしてのわたしの無力感かもしれない。
ぎっと歯を食い縛って、見えもしない空を仰ぐ。消火装置のおかげで、霧雨のように水が降り注いでいた。
レベル4のアクマは、アレンくんや、ユウたちがきっと破壊してくれるだろうという確信があった。
「あ、」
ふっと気付くと、炎は消えていた。あちらこちらから聞こえていた戦いの音も止んでいる。
背後で研究員さんたちがよろよろと立ち上がって、周囲を確認するように動きだしたのがわかった。もう大丈夫だろう。そう思ったから、イノセンスの発動を終えて、わたしも周囲を見渡した。
どうやら、本当に危機は去っていったようで少し離れた所では医療班を始めとしたスタッフの人たちが怪我人を運んだり事後処理に追われている様子が見える。
「ナノちゃん、無事だったかい?」
「ティエドール元帥……?」
「お疲れ。よく頑張ってくれたね」
ぽん、と背中に手をおかれてふらふらと体から力が抜けてしまった。元帥は腕をなくしたわたしに少し驚いた様子だったけど、へたりこんだわたしの為にと、医療班の人を呼びに行った。しばらくすると元帥と医療班のスタッフが何人がやって来て、怪我のせいか自力で動くことも出来ないわたしを担架に載せて運んでくれた。
どうせ暫くすればまた動けるようにはなるけれど今はこの好意に甘えておくことにした。
「ありがとう、ナノ」
「お前のおかげで、生き残ることが出来た」
担架の上のわたしに声をかけてくれたのは、さっきまでわたしの後ろにいた科学班の研究員さんたちだ。きっちり五人、わたしの後ろにいた人たちは皆、大きな怪我もなく五体満足で笑っている。
良かった、とわたしは笑った。
わたしはこの人たちをちゃんと、助けることができたらしい。こちらこそありがとう、とお礼を言いたかったけれど、言葉を紡ごうとして、大きく咳き込んだと思ったら血の味がしたのでお礼を言うに言えなかった。