
09
「敵襲! 敵襲!」
けたたましい音と共に切羽詰まった団員の声が鍛錬場に響く。ユウの鍛錬に付き合ってボロボロにされたあと、マリとユウの組手を眺めていたのだけれど、ぼんやりしている場合では無くなってしまったらしい。
方舟三番ゲートのある間に呼ばれたエクソシストの中に、わたしの名前もあった。前回の長期任務でイノセンスが破壊されなかった数少ないエクソシストの一人だからだろう。
マリと一緒に鍛錬場を駆け出して、合流したミランダさん、元帥たちと指示されるままに方舟ゲートに飛び込んだ。数度使っただけなのだけれど、この方舟の感覚には慣れそうにもない。嫌な感じの浮遊感だ。敵襲のあったという第五研究室は地下深くにある。直接行くには時間がかかりすぎる為に、このゲートを使ったのだけれど、まるで乗り物酔いのような吐き気が込み上げてくる。
真っ白なゲートの光が消えると同時に、わたしの目に飛び込んできたのは真っ黒なゲートような闇の上で、アクマに囲まれているアレンくん姿だった。星一つない夜空をそのまま映し出したような黒い沼に、アレンくんの輝くような白い髪やイノセンスが目立って、よく見えた。
「アレンくん!」
ミランダさんとわたしの二人を支えてくれていたマリの肩から飛び降りて、イノセンスを発動する。イノセンスが生み出した水でアレンくんを掬いあげると、目の前で虹色にも見える白い光が瞬いた。
「ナノ、すみません」
意識を取り戻したらしいアレンくんがアクマを切り捨て、わたしの背後でミランダさんがイノセンスを発動する。
彼女のイノセンスで敵方が作り出したゲートに飲み込まれてしまった『卵』をこちら側に引きずりだしたらしい。
「ありがとう、ございました」
「アレンくんも無事でよかったよ」
アレンくんがわたしの着地を手助けしてくれて、どうにか体の内側が揺さぶられるような浮遊感から解放され、どうにかどうにか、息をつけた。
やっぱり、ゲートを通る時の浮遊感は好きになれそうにない。まだ心臓がどくどくと早鐘をうっている。
深呼吸でもして呼吸を整えたかったが、そんな間を与えることもなく、数えきれないほどのアクマがわたしたち目がけて襲いかかってくる。
改めてイノセンスを持ち直したところで、一緒に来てくれたのが元帥たちだった、ということをわたしはすっかり失念していた。瞬きの間にアクマたちは破壊され、わたしができたことと言えば彼らの攻撃の余波が怪我をした研究員さんたちに及ばないようにすることくらいだった。
立ち尽くすわたしを他所に交わされるマリと室長の通信によれば、今からこの『卵』を破壊するのだという。
『卵』の破壊に関して、わたしにできることはないだろう。周囲にはまだ、先程破壊されたアクマの出したガスが充満している。
再生能力のあるわたしならばともかく、普通の人にとってアクマのガスは毒にしかならない。ガスを無害な空気に変えるべく、イノセンスを発動させる。こういった細々した支援もできるのが、わたしのイノセンスの良いところだと思う。
わたしやティエドール元帥といった支援系能力のエクソシストや怪我人が『卵』の前から避けたのを確認して、ミランダさんに発動を解くよう、クロス元帥が声をかけた。
その途端、彼女の足元から水のような何かが湧き上がり、ミランダさんを捕らえて暴れ出す。
「色」のノアがその能力で、液状に姿を変えたのだと、クロス元帥が言った。
このままでは彼女ごとノアを攻撃して、ミランダさんを犠牲に『卵』を破壊するしかない、と硬い声で絞り出すクラウド元帥の言葉を聞いて、考えるよりも先に、体が前に出ていた。
「わたしがミランダさんを助けます!」
「……任せるぞ、ナノ」
珍しく真剣そうなクロス元帥の言葉に頷いて、限界まで意識を集中させる。いくら水を操る力を持ったイノセンスと言っても、ノアが姿を変えた水の中から誰かを引っ張り出したことなんて、あるはずがない。
それでもなんとかミランダさんを水中から引き摺りだした途端、クロス元帥のジャッジメントから弾丸が放たれて、他の元帥たちの攻撃も続いて、大きな爆発が起きた。
爆風の与える衝撃でわたしの体はいとも簡単に吹き飛ばされて、ミランダさんを支えていた、わたしが操る水もはじけて消えてしまった。
「ったい……」
「大丈夫ですか?」
わたしはまた、アレンくんに支えられていたようだ。ほとんど抱きかかえられるような形で、なんだか申し訳ない。
「なんとかね。アレンくん、わたしをミランダさんのところまで、連れて行ってくれないかな。さっきの水を飲んでたら、大変だから」
「わかりました」
爆風でほとんど見えない周囲を見渡してミランダさんの姿を探すと、彼女はマリに抱きかかえられていた。ここからではよく見えないが、意識を失っているようだ。
アレンくんに支えられながらなんとか二人のもとに歩いて行くと、マリが珍しく焦ったようにわたしの方を向いた。
「ナノ、頼んでもいいか?」
「うん、大丈夫。やれると思う」
さっきの衝撃で折れた骨がまだ治っていないらしい。うまくイノセンスを持てないが、発動に問題はないだろう。これも臨界点を超えた影響なのか、多少離れた場所にあっても、イノセンスを発動出来るようなのだ。
イノセンスを発動して、ノアがミランダさんの体内に残していった水を吐き出させる。「色」のノアの本体はもう抜けていたけれど、僅かに残った水だって毒になるかもしれない。
口から水を吐きながら咳き込んだ彼女を見て、ほっと肩の力が抜けた。
ミランダさんは、生きている。
「良かった……」
わたしの背後でアレンくんも、胸を撫で下ろした。やっぱりアレンくんは優しい。
わたしまで嬉しくなって振り返ると、安心した、優しい笑顔のアレンくんと、ボロボロの教団と、マネキンのような、薄い黄色のアクマが見えた。