「お願い!! もうやめて!!」
「うるせェ! このおれに逆らうなッ!」
「イヤァッ!」
髪をわし掴みにされ、そのまま顔を平手打ちされた。
もう嫌だ。何度そう思ったことだろう。
「名前、テメェ今なに考えてた?」
「ッ!」
高級なスプリングの音すらしないベッドの上で馬乗りされ、誰か助けて欲しいと決して届かないと分かっていても願っていた。
だがそれを遮るように彼がそう聞いた。私はそれに答えられなかった。何度も顔や身体を傷付けられ、口には鉄の味を広げていたから。
「おれの事だけなんだよ! 名前が考えていいのは!! 分かってんのか?!」
「……ッご、ごめんなさい」
いつの間にか私の首に添えられた彼の手が、ギリギリとそれを絞めていく。
「ッ! かっ、は! あ、!」
殺される。酸素の送れない脳でそう思った。
だけど彼をこんな風にしてしまったのは私のせいだ。私が彼を変えてしまった。
今だって彼がこんなに悲しんで怒りを表しているのは、私がそうさせてしまったんだ。
「ぁ、ッごめ……んな、さい!」
片手でギリギリと絞められる首とは真逆に、もう片方の手で私のそれと絡め、まるで硝子に触れるように包み込まれた。
ただただ謝り続ける私の頬には、悲しみか苦しみか何の感情か分からない涙が幾つも伝っていた。
その涙を止めるようにぎゅっと目を瞑った。そして瞼の裏に浮かぶのは、いつもの優しい彼。その優しい彼を壊したのは私だ。
ぽろぽろと溢れる涙がベッドのシーツに吸い込まれ、痙攣し始めた片手で彼のその手を掴むと、ピクリと微かに動き締め付けが緩まった。
「ッハァ!! か、! ケホッケホ!!」
緩まった手を無理矢理にはがし、酸素を身体に入れると大きくむせた。身体中が熱くとても苦しい。
「……名前」
「!! ……スパンダム」
まだ息を整えることのできない私は、肩を上下させ彼に視線を合わせた。彼もこちらをとても虚ろな目で見ていた。
「おれは名前が好きなんだよ……」
「私も好きよ」
ふらりと彼が倒れ込みまるで折り重なるようになった私達に距離というものはなく、唇が触れるほど近くとても小さな声で囁き合った。
「ならどうしておれとの約束を守らなかった」
「……あれは仕事……ッ!」
続かない言葉は彼に飲み込まれた。
彼も聞きたくなく、私も言いたくない。だがそれはCP9の仕事をしているとよくあることだ。任務で他の男性に、なんて。それに今回はターゲットだったんだ。仕方ない。だが彼はそれを決して許さない。その任務を私に言い渡したのは自分なのに。
今みたいなのはいつもだ。そういつも。いつも私は彼を壊してしまう。
「っ……また違うこと考えてたろ?」
「ん、っ! 違う!」
唇が離されたすぐそう言われた。
「どうして分からねェんだ!! 名前が考えていいのはおれのことだけなんだよ!」
「ッごめんなさい!」
悲しさと怒りの混じった表情で怒鳴られ、謝る私の目にまた涙が溜まっていった。
バシリと叩かれた頬にはもう痛みは感じず、涙の冷たいものしか感じなかった。
「愛してるんだよ、名前」
「私も愛してるよ、スパンダム」
顔中腫れてボロボロになった私が、自分から彼にキスをすると優しく包み込まれていた手が、ぎゅっと力強く握りしめられ、それまで上がっていなかったのにキスをしていても分かるくらい口角が上がった。
そんな彼に私の心臓の辺りがギュと甘くも切ない痛みをあげた。
-END-