少し寒い風が吹く季節のこの場所で、私は人生で初めて所謂お忍びデートというものを体験していた。
別に私事態有名人でもなく、勿論彼もそうだが。そうなってしまったのは私達の職業の問題なのだ。
「ちょ……スバンダム、お腹空いたからあそこで何か食べない?」
ついいつもの癖で役職で彼を呼ぼうとした事に気付きすぐ名前で呼び、目線の先にあるオシャレなレストランを指差した。
「名前がいいなら、おれはどこでも」
「ふふ……あら、今日は随分紳士じゃない?」
「いつでもそうだろ」
「そういう事にしといてあげるわ」
久しぶりに彼と対等に話が出来るので、とても楽しい。それにお忍びデートというのもそうだが、この街自体も初めて来た場所だったので、年甲斐なくはしゃいでいる。
普段の彼と私は上司と部下という立場なので、普通の何処にでもいるカップルのような事が出来ないでいる。勿論そこにCP9という世界政府の暗躍機関が絡んでいるのは当たり前の話だ。この職業こそこのお忍びデートなどというモノをしなくてはいけない原因なのだ。
「オイ。……名前? 急にどうした、何か考え事か?」
「え? あ、ごめんごめん。大丈夫! さっ、入りましょう!」
「? ああ……」
急に立ち止まった私を不思議そうに見る彼は開けて待ってくれていたのか、ドアに手をかけ半開きになっているその前で立っていた。
そんな彼にお礼を言ってレストランに入った私は、すぐ後ろからくる彼に曖昧な笑いを返した。
「素敵なお店ね」
「ああ、まァそうだな」
私の椅子をボーイの人が引き席についた。その時に出た言葉に彼は椅子に腰掛けながら返してくれた。こんな普通で当たり前の事でも私はとても嬉しくて心地いい。
「さて、どれにしよっかな」
「いきなり頼むのかよ」
「ふふ、こんな時間から飲めないでしょ?」
「……」
ちょうど窓の見える席だったので、チラリとそこに視線をやって言えば彼は納得したようななんとも言えない表情をした。
「じゃあ、私これね」
「おいおい、それ結構高いだろ?」
「大丈夫よ。あなたのポケットマネーがあるでしょ?」
「お前は……」
指差したそれは値の張るもので、たまたま目に止まったもので彼にちょっとした悪戯のようなものをしてみた。
「じゃア、それを2つ」
「え?」
「かしこまりました」
だがそれを彼はウェイターに注文してしまった。
「あ? 名前はそれがいいんだろ?」
「え、ええ。そうだけど……」
「ならいいじゃねぇか」
「……ありがとう」
彼は私と二人になると本当に紳士になる。普段とのギャップの差が激しすぎて、時々どっちが本当の彼か分からなくなるくらいだ。当たり前の話しどっちも彼なのだが。
「お礼言うくらいなら最初からんな高いの頼むな」
「ふふふ、そうね。ごめんなさい、でもありがとう」
またそう言うと「意味が分からん」と言って水の入ったグラスに口をつけた。
ニコニコとそれを見る私と対象に、少し居心地の悪そうな彼は視線をわざと私と合わさないようキョロキョロとさせていた。
そんなことを料理が来るまで続け、テーブルに料理が並んでそれを口に運んでいる間も続いた。なんだか彼が可愛く思えてきてしまった。多分本人に言えば怒るだろうけど。
「や、やっぱり……落ち着くな」
「? ……落ち着いてる様には到底見えないけど?」
メーン料理も食べ終わり、デザートにパンケーキと紅茶を食べているといきなり彼がそう言った。
それまで私と視線を合わせていなかった彼がそう言うものだから、私は少しおかしくなり苦笑い気味に聞いてみた。
「ああ、まァそうだけどよ。……じゃなくて、久しぶりだろ? 名前と二人だけで食べるの」
「……ええ。そうね」
その時私の胸にじんわりと温かいなにかが広がった。それはとても心地好いものだった。
そのじんわりとしたのを隠すように照れながら笑うと、彼もふわりと笑った。
「それにこうして対等に話すのも久しぶりだ」
「ふふ、あなたがコーヒーを溢さずちゃんと飲んでるのも久しぶりね?」
「それは関係ねェだろ!」
「ふふふふ、ねぇスパンダム?」
「あ?」
いつも硬い机の前でふんぞり返ってる彼を思い出しクスクスと笑った私に彼は子供のような表情を見せた。本当にどれが彼か分からないわ。
「愛してるわ」
「ッ! 知ってる……」
「でしょうね」
「おれも愛してる」
久しぶりに聞いた彼からの甘い言葉。
「ええ。知ってるわ」
「だろうな」
久しぶりに言った甘い言葉。
互いにクスリと笑いを溢し、そのまま私は冷めた紅茶に彼は冷めたコーヒーに口をつけた。
冷めたそれはとても不味かったが、何故か互いに口角は上がったままだった。
-END-